日本の町工場におけるエネルギー問題と脱炭素化への政府提言

日本の町工場におけるエネルギー問題と脱炭素化への政府提言

1.はじめに(問題意識と目的)

気候変動への対応として世界各国で脱炭素化が加速する中、日本も2030年度に温室効果ガス46%削減、2050年までにカーボンニュートラルを実現する目標を掲げてい。この目標達成には、大企業のみならず経済の裾野を支える中小企業・町工場の取り組みが不可欠である。我が国では企業数の99.7%を中小企業が占め、全従業員の約66%を雇用している。特に「町工場」と称される中小製造業者は高度な加工技術でサプライチェーンを支え、地域経済の基盤ともなっている。しかし近年、町工場はエネルギーコストの高騰や老朽化した設備の非効率性といった課題に直面しつつ、脱炭素化の要請にも応えねばならないという二重の困難を抱えている。

実際、エネルギー価格の上昇は町工場の経営を直撃しており、2022年前後の燃料価格高騰により約9割(88.1%)の中小企業が経営に影響を受け、「影響は深刻で事業継続に不安がある」とする企業も約1割にのぼった。エネルギーコスト増を製品価格へ十分転嫁できていない企業も多く、中小企業の収益を圧迫している。一方で、日本全体の脱炭素化目標を達成するためには、町工場を含む中小企業による温室効果ガス排出削減の取り組みを加速する必要がある。町工場の多くは資金や人材に制約を抱え、大企業に比べ省エネ設備投資や再エネ導入が遅れがちだと指摘される。こうした状況に鑑み、本稿では日本の町工場におけるエネルギー利用と脱炭素化対応の現状を学術的に分析し、主要な課題を整理した上で、政府への政策提言を行うことを目的とする。構成は以下の通りである。まず町工場のエネルギー利用の実態を概観し、現行の脱炭素化政策と町工場側の対応状況を整理する。次にエネルギーコスト、設備老朽化、制度面など主要課題を分析し、海外事例との比較を行う。その上で、課題解決に向けた具体的な政策提言を提示し、最後にまとめと今後の展望を述べる。

日本の町工場におけるエネルギー利用の現状

日本の製造業部門は国内エネルギー需要の約半分を占めるエネルギー多消費部門であり、町工場を含む中小製造業も電力や燃料の消費によって一定の温室効果ガス排出に寄与している。もっとも、中小企業のエネルギー使用量は一事業所あたりでは大企業に比べ小規模であり、多くは年間エネルギー使用量1,500キロリットル(原油換算)以下にとどまる。このため大部分の町工場はエネルギー消費量が省エネ法の定める管理規模未満であり、エネルギー管理指定工場の規制対象外となっている。言い換えれば、多くの町工場は法的なエネルギー管理者選任や定期報告の義務を負わず、必ずしも体系立ったエネルギー管理が行われていない可能性がある。

町工場のエネルギー利用の特徴として、電力への依存度が高いことが挙げられる。電機や機械加工など多くの町工場では動力源として電力を使用しており、またボイラーや乾燥工程で都市ガスやLPG、重油等の燃料を利用している場合も多い。2011年の東日本大震災以降、電力供給制約と燃料費上昇により日本の電力料金は上昇基調が続いた。さらに2022年にはウクライナ危機に端を発した化石燃料価格の急騰と円安の進行により、日本の電力卸売価格・小売価格は大幅に上昇した。この2022年の電力価格高騰は町工場のコスト負担を一層押し上げ、エネルギー費が利益を圧迫する構造が顕在化したといえるp。エネルギー価格高止まりへの耐性を高めることは、町工場の経営存続と競争力維持の観点から喫緊の課題である。

エネルギー利用の効率性という点では、町工場では老朽化した設備・機械の稼働が多く、エネルギー効率の低下が懸念される。バブル崩壊後の長期不況期に設備投資が抑制された影響で、現在では中小企業の設備年齢(設備の平均使用年数)は8.5年と、大企業の6.4年を大きく上回っている。1990年時点では大企業と中小企業の設備年齢はほぼ同水準であったが、その後の新規投資抑制により中小企業の設備老朽化が進行した。この傾向は町工場でも顕著であり、例えば動力プレス機や工作機械、空調・ボイラー設備などが更新されないまま長期間使われ続けているケースが多い。設備老朽化はエネルギー消費効率の低下を招き、単位生産あたりのエネルギー使用量(エネルギー原単位)の悪化につながる。こうした町工場のエネルギー利用構造は、結果として大企業に比べ高コストでエネルギー多消費な生産構造をもたらし、中小製造業の収益力や持続性に影響を及ぼしていると考えられる。

もっとも、町工場側にも自主的な省エネルギー努力は存在する。省エネ法の規制対象ではない中小企業であっても、事業者の意識次第では相応の省エネ余地があると指摘されており、電力契約メニューの見直しや照明のLED化、断熱材の追加といったコスト低負担の対策から着手してエネルギー使用の効率化を図る企業も増えつつある。実際、資源エネルギー庁などの調査事例集には、中小企業が補助金を活用して老朽設備を高効率機器に更新し、電力使用量を数割削減した事例が複数紹介されている。近年では町工場の屋根上への太陽光発電パネル設置による自家消費型電源の導入や、高効率ヒートポンプ空調への更新など、エネルギーコスト削減とCO2排出削減を両立する取組も一部で進み始めている。しかし全体としてみれば、町工場のエネルギー利用は依然として外部環境(燃料価格・電力料金)の影響を強く受け、効率改善の余地を多分に残した状態にあると言えよう。

脱炭素化政策の現状と町工場の対応状況

日本政府は前述のとおり2030年・2050年の排出削減目標を掲げ、産業部門を含む社会全体の脱炭素化に向けた政策を推進している。産業界向けにはエネルギー政策と産業政策を横断する形で様々な施策が講じられてきた。エネルギー供給側では再生可能エネルギーの普及拡大のため固定価格買取制度(FIT)や電力システム改革が進められ、需要側では省エネ法に基づくエネルギー管理の徹底や省エネ投資への補助が提供されている。特に中小企業向けには、経済産業省・中小企業庁や環境省を中心に支援策が拡充されつつある。例えば、省エネルギー性能の高い設備導入に対する補助金(「先進的省エネルギー投資促進支援事業費補助金」)が2023年度当初予算で260億円計上され、町工場などの工場・事業場における高効率設備導入を支援している。また、日本政策金融公庫による低利融資制度も整備されており、中小企業が再生可能エネルギー発電設備や熱利用設備を導入する際に利用できる「環境・エネルギー対策資金(非化石エネルギー関連)」では、2023年4月~12月の9か月間で全国の中小企業に対し106件・総額36.7億円の融資実績がある。さらに、温室効果ガス排出量の算定や削減計画の策定を行う中小企業を対象にした「GX関連融資」制度も創設され、金融面から町工場のグリーントランスフォーメーションを後押ししている。税制面でも、中小企業が省エネ・公害防止設備を導入する際の特別償却や税額控除措置、公害防止設備に係る固定資産税軽減措置などが講じられている。環境省も「地域脱炭素支援センター」の設置などを通じて各地で中小事業者の相談支援体制を強化しており、商工会議所や自治体と連携して省エネ診断の派遣、脱炭素経営のアドバイス提供などを行っている。

他方、町工場側の脱炭素化への対応状況を見ると、近年徐々に関心と取組みが広がり始めているものの、その進捗には濃淡がある。東京商工会議所など商工会議所ネットワークが2024年に実施した調査によれば、中小企業の約7割が「省エネ型設備への更新・新規導入」等の何らかの脱炭素施策に取り組んでいる。典型的な取組としては、LED照明やインバータ制御機器への更新、断熱施工、省エネ意識の啓発など、省エネルギーによるコスト削減策が多い。しかし一方で、自社のエネルギー使用量や温室効果ガス排出量を定量的に把握・測定している企業は全体の4社に1社(25.0%)に過ぎず、特に従業員20人以下の小規模事業者では1割未満と低調である。多くの町工場ではまず目の前の省エネ対策に注力しているものの、自社の排出実態の見える化や長期的な削減目標の設定・情報開示(ステージ5)にまで踏み込めているケースはごく少数にとどまっていると推察される。実際、中小企業全体で見ると脱炭素化の取組段階が「年間CO2排出量を把握している」以上の段階(ステージ2以降)に達している企業は2023年時点でも2割程度にとどまり、多くの企業は「重要性は理解している(ステージ1)」段階から具体的行動へ移行する途上にある。これは町工場も例外ではなく、脱炭素経営に本格的に乗り出している先進的事例は一部に限られるのが実情である。

町工場における脱炭素化対応状況の特徴として、次の点が指摘できる。第一に、脱炭素に取り組む主な動機はコスト削減ニーズである。前掲の商工会議所調査でも「光熱費・燃料費の削減」を挙げる企業が75.2%と最多であり、次いで「企業としての評価や知名度の維持・向上」(30.5%)、「ビジネス環境の変化や技術革新への対応」(25.6%)が続いている。このように、多くの町工場は脱炭素化をまずはエネルギー費削減=経費節減策として位置付けており、企業イメージ向上や将来的な競争力強化策と捉える動きは一部に留まる。脱炭素化による新規受注機会の創出など攻めの視点は中小企業ではまだ限定的であり、逆に言えば、現状ではコスト高対策と一体化した支援策でないと町工場の関心を引きにくいことを示唆する。

第二に、脱炭素化への取り組み方について情報源や支援先として設備機器メーカーやエネルギー事業者への依存が大きい点が挙げられる。商工会議所調査では、相談相手として「設備機器メーカー」が最も多く、次いで「電力・ガス会社」「取引先(発注元)」の順となっている。町工場は自社内に専門人材を欠くため、設備更新時に機器メーカーの提案やエネルギー供給事業者の助言を仰ぐケースが多い。これは裏を返せば、公的機関による中立的な情報提供やエネルギー診断サービスがさらに活用される余地があることを意味する。また最近では、大手企業が自社のサプライチェーン上の中小企業に対し温室効果ガス排出量データの提供や削減努力を求める動きも出始めている。調査では中小企業の約4分の1(25.7%)が取引先から「排出量の把握・測定」等を要請された経験があると回答しており、町工場においても取引先(顧客企業)からの協力要請に直面するケースが増えている。

第三に、町工場自身の経営資源の制約から、脱炭素化の専任担当者や部署を設けて体系的に取り組んでいる例は少ない。中小企業全体では脱炭素化に関する担当部署・責任者を置いている企業は11.2%にとどまり、特に取組みが遅れている企業ほど担当不在の傾向が顕著である。町工場では日常業務で手一杯で環境対策まで手が回らないとの声も多く、経営者自身が兼務で省エネ施策を進めるケースが一般的である。このように、町工場の脱炭素化対応は「重要性は認識しているが、具体的には手探り状態」という段階の企業が多数であり、国の支援策や大企業からの要請に刺激されてようやく動き出す企業も少なくない。政府による後押しと現場の自助努力とが噛み合い始めた段階と言え、今後さらなる取組み加速のためには、町工場特有の制約を踏まえたきめ細かな支援策が求められる。

主要な課題の整理(コスト、設備、制度など)

以上の現状分析を踏まえ、町工場がエネルギー問題と脱炭素化に対応する上で直面する主要課題を整理する。

(1) エネルギーコスト高と価格転嫁の困難: 第一の課題は、燃料費・電力料金の高騰に伴うコスト負担である。近年のエネルギー価格上昇は町工場の利益を圧迫しており、前述のとおり中小企業の約9割が経営への悪影響を訴えている。特にエネルギー多消費型の製造業では、電力料・ガス代等の経費が売上に占める割合が高いため、価格高騰の影響が直接収益悪化につながる。にもかかわらず、中小企業は自社製品・サービスの価格交渉力が弱く、仕入先から提示されたコスト増を十分に販売価格に転嫁できない傾向がある。実際、「エネルギー価格上昇の影響が深刻」と答えた企業では「ほとんど価格転嫁できていない」との回答が半数を超える。このためコスト増分を自社で吸収せざるを得ず、内部留保の乏しい町工場ほど経営が逼迫する状況にある。エネルギー価格の変動リスクは経営上の不確実性要因でもあり、将来の投資計画にも支障を来す。したがって、エネルギーコスト高そのものへの対策(調達多角化や共同購入によるコスト低減)と、価格転嫁交渉力の強化(取引適正化支援など)が町工場の持続的経営には不可欠である。

(2) 老朽化設備によるエネルギー非効率: 第二の課題は、町工場の設備老朽化によるエネルギー効率低下である。前述のとおり中小企業全般で設備年齢の高騰が顕著であり、町工場でも更新時期を過ぎた工作機械や炉・ボイラー等が稼働し続けている例が多い。老朽機器は最新機器に比べ同じ生産量当たりの消費エネルギーが大きく、結果としてエネルギーコスト高とCO2排出量増加を招く。例えば、老朽化した空調設備は効率低下により電力消費が増大し、生産設備でも旧型モーターやコンプレッサーはエネルギーロスが大きい。にもかかわらず、多くの町工場で設備更新が進まない背景には、資金的制約に加え**「壊れるまで使い続ける」という経営判断がある。長引くデフレ不況下で新規投資を抑制してきたことが設備の高齢化を招いた面は否めず、中小企業が設備更新に消極的な最大の要因として「大企業との収益力の差」**が指摘されている。すなわち、利益率の低い中小企業ほど減価償却費相当額の蓄積が困難で、老朽設備の更新投資資金を捻出できないのである。このような設備投資の停滞は生産性向上を妨げ、競争力低下にもつながる悪循環を生んでいる。町工場では事業承継問題で将来が不透明な場合も投資判断が遅れる傾向があり、結果として旧式設備に頼らざるを得ない状況が続いている。老朽化設備の効率改善・更新促進はエネルギー消費削減の観点からも喫緊の課題である。

(3) 中小企業特有の資金制約: 上記とも関連するが、町工場が脱炭素化対応を進める上で避けて通れないのが資金面の制約である。高効率設備への更新や再エネ設備導入には多額の初期投資が必要だが、中小企業は自己資金が乏しく金融機関からの融資条件も厳しい場合が多い。省エネ投資は投資回収に数年を要するケースが一般的であり、短期的な資金繰りに余裕のない町工場では「費用対効果が不透明」と判断され投資が後回しになりやすい。また、仮に政府補助金を活用する場合でも、補助対象外となる残額の負担や、補助金申請・報告にかかる事務コストが中小企業には重い負担となる。金融面では、公的融資制度や信用保証制度が整備されつつあるものの、零細規模の事業者ほど制度の情報を知らなかったり、借入返済への不安から利用に躊躇するケースもある。さらに最近ではエネルギー価格高騰に対応するための運転資金確保で精一杯となり、設備投資のための資金を捻出できないとの声も聞かれる。町工場の脱炭素化を進めるには、この資金面のボトルネックを緩和し、長期的視点での設備投資を可能にする金融支援策が重要な鍵となる。

(4) 人材・ノウハウ不足: 町工場の多くは専任の環境管理担当者を置けるほどの人員的余裕がなく、脱炭素化対応に必要な知識・ノウハウの不足が深刻な課題である。前掲調査でも、**脱炭素化に取り組む上でのハードルとして半数以上(56.5%)の企業が「マンパワー・ノウハウが不足している」と回答している。具体的には、自社のエネルギー使用実態を分析し最適な省エネ対策を立案できる人材がいない、補助金申請や排出量算定等の専門知識が社内にない、といった問題である。中小企業では環境管理の専門教育を受けた人材の採用は難しく、既存社員に追加業務として担わせるにも限界がある。また、新技術(例:水素燃料やIoTによるエネルギーマネジメントなど)に関する情報入手や社内展開も進みにくい。さらに、脱炭素化の必要性自体は理解していても、「具体的に何から手を付ければよいか分からない」**との声も多い。特に高齢の経営者が営む伝統的な町工場ではデジタル技術の活用にも課題があり、エネルギーデータのモニタリングや最適制御といったノウハウを社外に求めざるを得ない。要するに、人的資源と知的資源の不足が町工場の脱炭素化のペースを鈍化させる一因となっている。

(5) 地域分散型エネルギー活用の遅れ: 脱炭素化に向けては太陽光発電など再生可能エネルギーの活用が重要だが、町工場では敷地面積や資金の制約から自社で再エネ発電設備を導入できる企業は限られている。都市部に立地する町工場は屋根面積も小さく、古い工場建屋では強度上大規模な太陽光パネル設置が難しい場合もある。また、工場が賃借物件の場合は所有者の同意や費用負担の問題が生じ、再エネ設備導入のハードルが高い。さらに、発電設備導入後の運用・保守の負担や、発電量の不安定さ(天候に左右される太陽光等)の課題も中小企業にとっては悩みどころである。このため再エネ導入は単独の町工場では進みにくく、結果として地域全体での分散型エネルギーシステムの活用も遅れている。地域の工業団地等で需要家が共同出資して太陽光発電設備や蓄電池を設置しエネルギーを融通し合う「地域マイクログリッド」的な取り組みも一部で模索されているが、制度面・採算面の課題からまだ普及には至っていない。再エネ電力の地産地消や工場廃熱の地域利用などはポテンシャルがある一方、現行では電力系統への接続ルールや初期費用負担の問題で町工場単独では実現しにくいのが現状である。

(6) 制度設計上の課題: 政策・制度面でも、町工場の脱炭素化促進にはいくつかの課題が残る。まず、省エネ法等の規制が一定規模以上の事業所に限られているため、小規模事業者には法的な削減義務やエネルギー管理者設置義務が及ばず、「やらなくても罰則はない」状況にある。このことは中小企業の自主性に委ねる部分が大きい半面、裏を返せば強制力が働かないゆえに取組みが後手に回るリスクを孕む。また、既存の支援策についても情報周知や使い勝手の面で課題がある。補助金・融資制度は数多く存在するが分散しており、自社に適切な制度を探し出し申請するハードルが高いとの指摘がある。特に零細事業者では専門家に依頼する余裕もなく、「制度を知らない・難しくて使えない」まま埋もれてしまうケースがある。さらに、脱炭素化関連の報告や認証(例:温室効果ガス排出量の算定・報告、エコアクション21認証取得等)も中小企業には負担感が強く、インセンティブが乏しいと広がらない。加えて、日本ではカーボンプライシング(炭素税・排出量取引)の価格水準が低く、大企業以外には実質的な価格シグナルが届きにくい現状も、中小企業の脱炭素化インセンティブを弱める一因と考えられる。欧州では高い炭素価格により企業行動が促されているが、日本の炭素税はトン当たり289円(約2ドル)と極めて低水準で、町工場レベルでは燃料価格への上乗せ影響も軽微である。このような制度設計上の弱点も踏まえ、町工場に脱炭素行動を促す仕組みづくりが求められる。

(7) 保守的な企業文化: 最後に、町工場を含む日本企業の風土として指摘されるのが、新しい取り組みに慎重・消極的になりがちな企業文化である。特に中小企業では「前例のないことはリスクが読めず踏み切れない」「確実に採算が合う保証がなければ投資できない」という考えが根強く、規制による強制や補助金による誘因が明確でない限り、思い切った脱炭素投資が行われにくい。経営者の高齢化も影響し、「自分の代では大きな変化は避けたい」という意識から現状維持が優先される場合もある。このようなマインドセットの問題は数値化しにくいが、エネルギー価格高騰や取引先からの要求など外部圧力がないと行動しない要因ともなっており、政策的には「外圧」と「支援」の双方を組み合わせて企業の意識転換を促す必要があろう。

以上、町工場が直面する課題を整理すると、エネルギーコスト高と老朽設備、資金・人材不足、制度の未整備と企業文化といった多面的な要因が絡み合っていることが分かる。次章では、海外の事例と比較しつつ、これら課題解決のヒントを探る。

海外との比較

町工場のエネルギー問題と脱炭素化対応について、日本と海外の状況を比較するといくつか示唆が得られる。特に欧州諸国は日本に先行して産業部門の脱炭素化政策を強化しており、中小企業支援の取り組みも進んでいる。

まずエネルギー価格への対応である。2022年にロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギー危機が発生すると、欧州連合(EU)各国は中小企業を含む需要家への緊急支援策を相次ぎ導入した。例えばドイツやフランスでは電力・ガス料金の一時的な価格上限措置や企業向けエネルギー補助金を実施し、英国でも2022年10月から2023年3月にかけて中小企業向けの「エネルギー料金救済制度(Energy Bill Relief Scheme)」により高騰分の一部を政府負担した。OECDの分析によれば、欧州各国は当初エネルギー多消費産業を中心に支援を行っていたが、危機の長期化に伴い支援対象を中小企業全般に拡大し、多くの国で膨大な財政支出による価格支援を実施した。もっとも、こうした緊急措置はあくまで一時的なものであり、エネルギー価格が戦前水準に落ち着きつつある現在、各国政府は価格補填からエネルギー効率・グリーン化支援へ政策の軸足を移しつつある。OECDは「小売エネルギー価格が落ち着いた後は、中小企業のエネルギー効率と環境性能の改善を促す政策こそが重視されるべきだ」と提言しており、この方向性は日本にとっても示唆的である。

次に中小企業支援策の比較では、ドイツは中小企業のエネルギー効率向上を支援する制度が充実していることで知られる。ドイツは産業部門のエネルギー消費効率がG20諸国中トップクラスに高く、2000年から2017年の間に一次エネルギー原単位を約4分の1削減しつつGDPを24%成長させるなど、経済成長とエネルギー消費のデカップリングに成功している。この背景には、政府による粘り強い省エネ施策と企業側の投資努力がある。特に中小企業(ドイツのMittelstand)向けには、エネルギー監査(エネルギーアウディット)の無償提供、専門家の派遣、設備投資に対する補助金・低利融資など多面的な支援プログラムが提供されてきた。具体例として、連邦経済・輸出管理庁(BAFA)が運営する「エネルギー効率補助金プログラム」では、中小企業が高効率な生産設備やプロセスを導入する際に投資額の一定割合を補助する制度があり、併せてKfW(ドイツ復興金融公庫)による低利融資も利用できる。また、ドイツ商工会議所(IHK)は「エネルギー・スカウト」制度を通じて中小企業の若手社員を教育し、自社の省エネ改善点を発見させるユニークな取り組みも展開している。こうしたコンサルティングサービスと資金支援を組み合わせた包括的支援策により、ドイツの中小企業はエネルギー効率改善によるコスト削減メリットを享受しやすい環境が整備されている。その結果、ドイツでは多くの企業が省エネ投資によって競争力を高めており、エネルギー効率改善への投資リターンは資本市場での安全な投資よりも高い傾向すらあるとされる。ドイツの事例は、政府の後押し次第で中小企業も積極的に脱炭素投資に踏み切り得ることを示唆している。

欧州全体でも、中小企業のグリーン化支援は政策上重要なテーマとなっている。EUは「グリーンディール」の一環で中小企業向けの支援プログラム(例:「持続可能な産業のための中小企業支援」)を展開し、各国政府と協調して技術支援・資金供与・規制緩和を組み合わせた対策を講じている。例えば、EUの研究開発資金から中小企業の省エネ技術導入実証に補助が出たり、加盟国でエネルギー管理義務の対象を中堅企業まで広げる動きもある。更にEUでは域内の産業からのCO2排出に価格付けするEU-ETS(排出量取引制度)を強化しており、直接ETSに参加しない中小企業も電力価格等を通じ間接的なカーボンコストを感じる仕組みになっている。これに対処すべく各国政府は中小企業の低炭素設備投資に補助や減税を充実させ、高いエネルギー価格・カーボン価格環境下でも中小企業が競争力を維持できるよう支援している。例えばフランスでは産業企業向けに「産業脱炭素化ファンド」を設け、中小企業のボイラーを電化する投資などに補助金を交付している。イタリアやスペインでも中小企業の再エネ導入に税額控除を適用する制度がある。このように、欧州では危機対応と並行して中小企業のグリーン化支援策が進んでおり、エネルギー危機を契機に将来へ向けた構造転換(Efficiency improvement and Green Transition)へ政策の比重を移すべきとの国際的なコンセンサスが形成されつつある。日本も欧州の事例に学び、緊急対策と長期戦略を両立させた中小企業支援策を検討することが求められる。

政策提言

以上の分析を踏まえ、町工場のエネルギー問題と脱炭素化への対応を促進するため、政府に対し以下のような政策提言を行う。

1.資金面での支援強化と投資促進策: 中小製造業者が老朽設備の更新や省エネ・再エネ投資に踏み切れるよう、資金面のハードルを引き下げる政策が最優先である。具体的には、現行の補助金・融資制度を拡充・周知するとともに、使い勝手を向上させる必要がある。調査でも町工場の71.3%が「省エネ設備・再エネ導入への資金面支援」を求めており、最も多いニーズとなっている。第一に、補助金については予算規模の拡大とともに、中小企業枠の創設や要件緩和を図る。例えば老朽化した主要設備(ボイラー、空調、大型モーター等)の高効率機器への更新に特化した補助枠を設け、設備単位で定額の補助(定額補助方式)を出すことで、小規模事業者でも申請しやすい仕組みとする。また補助金申請時の事務負担を軽減するため、書式の簡素化や電子申請対応、専門家による申請サポート体制の整備も重要である。第二に、融資・金融支援では、日本政策金融公庫の環境関連貸付(低利融資)の拡充や信用保証協会による「脱炭素保証枠」の新設が考えられる。たとえば再エネ設備導入資金については現在も公庫の低利融資があるが、利用件数を更に増やすべく金利優遇幅を拡大し周知を図る。加えて、民間金融機関と連携し、省エネ・脱炭素投資に積極的な中小企業を評価して融資条件を優遇する「トランジション・ファイナンス」の枠組みを充実させる。第三に、税制インセンティブとして、一定のCO2削減効果が見込まれる設備投資を行った中小企業に対し、投資減税(即時償却や税額控除)措置を強化する。現行の中小企業経営強化税制等に脱炭素設備を明確に位置づけ、町工場が老朽設備更新を決断しやすいよう後押しする。こうした直接的な資金支援策によって初期投資負担を軽減し、中長期的な省エネ投資の採算性を高めることが必要である。

2.技術支援・人材育成と情報プラットフォームの構築: **町工場が自力で不足するエネルギー管理ノウハウを補い、最適な脱炭素対策を講じられるよう、専門的技術支援と人材育成を強化すべきである。**具体策の第一は、省エネ診断や脱炭素コンサルティングの充実である。現在、国や自治体、民間団体による省エネ診断サービスが存在するが、その利用率を高めるため、診断費用の全額補助や積極的なアウトリーチが求められる。専門家が現地に出向いて設備のエネルギー効率を評価し、改善提案や補助金の紹介まで包括的に行う「エネルギー診断チーム」を全国的に派遣する仕組みを整備する。特に商工会議所や中小企業団体と連携し、地域ごとに町工場が相談しやすい窓口を設けることが重要である。第二に、人材育成では、町工場の従業員や後継者に対しエネルギー管理・環境マネジメントに関する研修機会を提供する。例えばドイツのように若手社員を「エネルギー・スカウト」として養成するプログラムは有効であり、日本でも商工会議所等を通じて短期集中講座を開催し、職場で省エネを推進できる人材を育てる。また、中小企業診断士や技術士等の専門家が一定期間企業に入り込み、省エネ施策の実行を支援する「エネルギー管理インターンシップ」のような制度も検討できる。第三に、情報プラットフォームの構築である。中小企業向けの脱炭素関連支援策や成功事例、技術動向等の情報を一元的に入手できるウェブポータルを拡充し、自社に適した対策や利用可能な補助制度を検索できるようにする。現在環境省の「エネ特ポータル」や経産省・中小企業庁のサイト等に情報はあるが、分散しているため、町工場の経営者が迷わずアクセスできる統合的な情報サイトと、個別相談できるホットラインの整備が望まれる。さらに、業界団体ごとに省エネ・脱炭素のガイドラインやベストプラクティス集を策定し、同業種間でノウハウ共有を促すことも効果的である。技術的知見と実践例の共有が進めば、町工場自らが創意工夫で低コストの改善策を打ち出す動きも活発化すると期待される。

3.老朽設備の計画的更新促進: 老朽化した設備の更新によるエネルギー効率向上は町工場の脱炭素化に直結するため、**計画的な設備更新を促す仕組みを構築する。**具体的には、まず老朽設備の実態把握と見える化を進める。一定年数(例:20年)を経過した主要設備について、中小企業に実態調査を行いエネルギー効率への影響を評価する。その上で、更新が特に遅れている設備カテゴリ(例:旧式ボイラー、低効率モーター等)を特定し、重点的な支援策を講じる。たとえば「老朽ボイラー高効率化キャンペーン」のように対象設備を絞った補助事業を展開し、メーカーとも協力して標準化された更新メニューを提示する。また、既存設備の改造・改善による効率向上策(レトロフィット)にも着目し、小規模投資で効果が出る事例を紹介・補助することも有効である。さらに、省エネ法の今後の見直しにおいて、中小企業の設備更新計画の策定を促す仕組みを検討してもよいだろう。例えばエネルギー使用量が一定規模未満の事業者に対しても努力義務ベースで「エネルギー効率向上計画書」の作成・提出を求め、中長期的な設備更新計画を明確化させることが考えられる。これは直ちに強制力を持つものではないが、計画策定を通じて経営者に老朽設備の問題を再認識させ、更新への意欲を高める効果が期待される。加えて、設備更新後の省エネ効果を「見える化」する取り組みも重要だ。更新によって削減されたエネルギーコスト額やCO2排出削減量を計測・公表することで、他企業への波及効果を狙う。政府や自治体が主催する表彰制度(省エネ大賞等)で中小企業の設備更新事例を顕彰し、社会的評価につなげるのも一案である。

4.地域分散型エネルギーシステムの活用: **町工場が単独では困難な再生可能エネルギー利用について、地域単位・グループ単位で取り組む仕組みを支援する。**具体策の一つは、工業団地や中小企業集積地域における「エネルギー共同利用プロジェクト」を推進することである。複数の工場が協力して敷地内外に太陽光発電設備や小型風力、バイオマスボイラー等を設置し、得られたエネルギーを融通し合うマイクログリッド型の実証事業を政府が補助・支援する。例えば、地域の送配電網を活用しつつ参加企業間で電力のシェアリングを行うスキームや、余剰電力を蓄電池に蓄えて非常時に備えるレジリエンス強化も兼ねたモデルを試行する。環境省や経産省の補助事業として、地方自治体やエネルギーサービス事業者(ESP)と連携し、こうした地域エネルギー自給モデルを構築することが考えられる。また、第三者所有モデル(PPAモデル)やリースを活用して町工場の屋根に太陽光パネルを設置する事業者を支援し、初期負担なしで再エネ電力を自家消費できる環境を整えることも有効である。具体的には、PPA事業者への補助や規制緩和を行い、町工場が長期契約で安価な再エネ電力を調達できるようにする。さらに、地域の未利用エネルギー(工場排熱やバイオマス廃棄物など)の活用促進も挙げられる。中小企業同士や地元自治体との連携により、工場の余剰熱を近隣の温室や施設に供給したり、地域の木質バイオマスを共同ボイラーで熱利用する試みを支援する。これら分散型エネルギーシステムの導入は、電力系統への負荷分散や非常時のエネルギー自立にも貢献し、同時に町工場のCO2削減とコスト安定化につながる。政府はファイナンス支援や制度整備(例:地域内電力融通の規制緩和)を通じて、地域ぐるみの脱炭素化プロジェクトを各地で立ち上げるべきである。

5.サプライチェーンを通じた大企業との連携強化: 町工場単独での脱炭素化には限界があるため、取引関係にある大企業や産業サプライチェーン全体で中小企業を支援・協働する仕組みを整える必要がある。既にトヨタなど大手製造業は自社のカーボンニュートラル目標に向け、系列部品メーカーを含むバリューチェーン全体で排出削減を進める方針を打ち出している。こうした動きを加速させるため、政府は大企業側へのインセンティブ付与と中小企業側へのエンゲージメント支援を行うべきである。具体策の第一は、大企業がサプライチェーン排出量(Scope3)削減の一環で中小企業を支援した場合のメリットを明確化することである。例えば、大企業が協力企業に省エネ診断を提供したり、設備投資費用を一部補助した場合に、排出削減分のクレジットを発行して大企業の実績に算入できる仕組み(サプライチェーン連携クレジット)を検討する。また、CSRや環境報告の評価項目に「バリューチェーン全体での協働」を盛り込み、金融機関や投資家が大企業を評価する際に中小企業支援の取組みも考慮するよう促す。第二に、産業界の取り組みとして、大企業と中小企業が一堂に会する勉強会や協議会を政府主導で設置する。例えば日本商工会議所や業界団体を通じて「中小企業カーボンニュートラル推進協議会」を全国レベルで組成し、先進事例の共有や課題の吸い上げ、大企業から中小企業への技術移転などを行う場とする。大企業OBや設備メーカー技術者を「脱炭素化アドバイザー」として派遣する制度も有用だろう。第三に、グリーン調達基準の整備である。政府が指針を示し、大企業が単に「CO2排出量を減らせ」と中小に要求するだけでなく、「こうすれば削減できる」という具体策や支援策とセットで要請することを推奨する。取引条件の中に省エネ改善や再エネ化への協力事項を盛り込み、達成に向けて双方協力する姿勢を明文化することで、パートナーシップによる脱炭素化を促進する。要するに、大企業と町工場が共存共栄の関係でグリーントランスフォーメーション(GX)を進める体制づくりが重要であり、政府はその仲立ちと環境整備を積極的に行うべきである。

6.制度設計の改善とカーボンプライシングの活用: 政策的枠組み自体の見直しも、中長期的には検討が必要である。まず、省エネ法のさらなる適用拡大や基準強化について議論を進め、エネルギー管理指定工場の範囲を中堅規模まで広げることを視野に入れる。例えば現行の年間1,500kl基準を引き下げ、500kl程度まで段階的に対象を拡大すれば、中小企業の一部も定期報告やエネルギー管理の枠組みに組み込まれることになる。ただし一律規制強化は零細企業には過度な負担ともなり得るため、報告様式を簡易化した「簡易エネルギー報告制度」やオンラインツールの提供など、負担を抑えつつデータ把握を促す工夫が求められる。また、カーボンプライシングを中小企業の行動変容につなげる仕組みも検討に値する。仮に今後、炭素税や排出量取引制度の強化によってエネルギー価格に炭素コストが上乗せされれば、エネルギー多消費の非効率な設備を使い続けることが相対的に不利になる。政府はその際、中小企業に対しては増収分の一部を原資とした還付・補助制度をセットで導入し、炭素税を「罰」ではなく「省エネ投資の原資」として活用できる仕組みを作るべきである。具体例として、英国の気候変動協定(CCA)のように、省エネ目標を達成した中小企業には炭素税の減免措置を与える制度も考えられる。さらに、J-クレジット制度(排出削減量のクレジット化)の活用促進も有効だ。町工場が省エネや再エネで削減したCO2をクレジット認証し、それを大企業等に売却して収入を得る流れを強化する。現在もJ-クレジットには中小企業の案件が存在するが手続きの煩雑さから参加は限定的である。そこで、小規模事業者向けに簡易な方法論や一括申請スキームを整備し、商工会議所等が取りまとめ役となって多数の町工場の小規模削減を集約・クレジット化する仕組みを作る。これは町工場の新たな収益源ともなり得、削減意欲を高めるインセンティブとなるだろう。総じて、規制と市場メカニズムを巧みに組み合わせ、町工場に自主的な脱炭素努力を促しつつ、それを正当に評価・還元する制度設計が重要である。

以上、資金・技術両面の支援策から制度改革まで、町工場の脱炭素化を包括的に支援する政策提言を行った。ポイントは、単に規制強化で義務を課すのではなく、「助走」をつけて町工場自らが走り出せる環境を用意することである。特に資金支援と人材支援は車の両輪であり、欧州のように高いエネルギー価格に晒されている日本の中小企業にとって喫緊に必要な措置である。また、支援の重点をエネルギー効率改善に置くことで、町工場の競争力向上とコスト削減にも直結し、「経済的に持続可能な脱炭素化」を実現できる。政府は民間企業や金融機関、地域コミュニティとも協調しつつ、これら施策を総合的に展開していくべきである。

おわりに(まとめと今後の展望)

本稿では、日本の町工場に焦点を当て、エネルギー問題と脱炭素化への対応について現状分析と課題整理を行い、政策提言を提示した。エネルギー価格高騰や老朽設備の非効率性、資金・人材不足など、町工場が直面する困難は多岐にわたる。しかし同時に、これらの課題を克服し脱炭素化を推進することは、町工場自身のエネルギーコスト削減や生産性向上、さらには企業価値の向上につながる可能性を秘めている。脱炭素化は単なるコストではなく、長期的には競争力強化への投資であるとの認識を広げていくことが重要である。

政策的には、短期的な経営圧迫要因であるエネルギーコスト高への緊急支援と、長期的な構造転換(グリーントランスフォーメーション)への支援をバランスよく講じていく必要がある。欧州の事例が示すように、危機対応策から将来への投資促進策へと段階的にシフトし、中小企業が自立的・継続的に省エネ・脱炭素化を進められるエコシステムを構築することが肝要である。本稿で提言した資金・技術両面の支援策や制度改革案は、その一助となるだろう。特に、日本において今後数年はエネルギー転換期と位置付けられ、政府の「グリーン成長戦略」やGX実現に向けた投資が加速する見込みである。その中で、我が国経済の屋台骨である町工場を取り残すことなく支援の手を差し伸べることが、2050年カーボンニュートラル実現の成否を左右すると言っても過言ではない。

今後の展望として、まず政策実施の効果検証とフィードバックが重要になる。中小企業向け支援策が実際にどの程度利用され、省エネ・CO2削減につながっているのか、政府は統計データやベンチマークを整備しモニタリングを行うべきである。効果が限定的な施策は見直し、優良事例は横展開するなど、evidence-basedな政策運営が求められる。また技術の進歩にも注視が必要である。再生可能エネルギーや蓄電技術、さらには水素利用やCCUS(炭素回収・有効利用・貯留)技術が進展すれば、中小企業に適用できるソリューションの幅も広がる。政府は研究開発投資を通じて中小企業でも利用可能な低コスト技術の開発を促し、実用化段階で中小企業への実証支援を行うべきである。

最後に強調したいのは、町工場の脱炭素化は単なる環境対策に留まらず、日本の産業競争力強化と地域経済の持続性確保に直結する取り組みであるという点である。省エネによるコスト削減は収益力を高め、再エネ活用はエネルギー自給力を高める。脱炭素化への対応力が高い中小企業ほど、大企業から見てもサプライチェーンのパートナーとして選好され、ひいては新たなビジネス機会を得るだろう。逆に対応が遅れれば取引から外されるリスクも増す。政府・企業・金融・地域が協調し、町工場のGXを後押しする生態系を築くことで、2050年に向けた産業全体の底上げが可能となる。脱炭素化はコストではなく将来への投資であり、町工場一社一社の取り組みの集合が日本全体のカーボンニュートラル実現を左右する。本稿の提言がその一助となり、現場の町工場が持続可能で強靭なものづくりの担い手として発展していくことを期待したい。

参考文献・出典

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  • 中小企業庁「中小企業向けカーボンニュートラル支援策一覧」(2023年)
    chusho.meti.go.jpchusho.meti.go.jp
  • 日本商工会議所「商工会議所CO2見える化サポート」ホームページ(2023年)
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