日本における再生可能エネルギー導入拡大の政策課題と制度設計に関する分析と提言
はじめに
日本政府は2050年カーボンニュートラル実現に向けて再生可能エネルギー(以下「再エネ」)の大規模導入を掲げ、2030年度に電力の36~38%を再エネで賄う目標を設定しています。しかし、2023年度時点で再エネの発電比率は26%程度に留まり、2030年目標の約7割に過ぎません。わずか数年で残り約12ポイントの引き上げを達成することは容易ではなく、電力系統インフラ、コスト・採算性、設置場所や地域の合意形成、事業者育成など多面的な課題の克服が必要です。再エネ大量導入に伴い、発電コスト低減、系統制約緩和、調整力確保、事業環境整備の4つの課題が指摘されており、これらを解決して世界で通用するエネルギー企業を育成することも求められています。本稿では、学術的視点から日本の再エネ導入拡大に関わる政策課題と制度設計について現状と問題点を詳細に分析し、国内外の制度比較やエネルギー基本計画との整合性も踏まえて、政府への具体的な政策提言を行います。
再生可能エネルギー導入の現状と目標
日本の再エネ導入量は2012年の固定価格買取制度(FIT)導入以降急増し、特に太陽光発電が牽引してきました。2023年度の総発電量に占める再エネ比率は推計26.1%で、前年度から1.6ポイント増加しています。内訳を見ると、太陽光発電が約11%を占め、水力約8%、バイオマス約6%、風力約1%、地熱0.3%程度となっています。太陽光発電の年間発電量は2013年度比で7.5倍と飛躍的に増加し、水力を上回る主要電源となりました。一方、風力発電は洋上・陸上合わせてようやく1%強に留まり、再エネの中で太陽光への偏重が顕著です。再エネ全体の比率は2010年代初頭まで約10%で停滞していましたが、FITによる導入拡大で2013年度以降急伸し、2020年度には約20%、そして2023年度には26%超へと拡大しています。しかし、第6次エネルギー基本計画で掲げられた2030年度の再エネ比率36~38%にはなお大きな隔たりがあり、このギャップを埋めるには抜本的な対策強化が必要です。
日本の2030年目標を国際的に見ると、その野心度は必ずしも高くないとの指摘があります。例えばドイツは2030年に再生可能**電力の80%**を賄う法定目標を定め、実際2022年時点で既に約46%を達成しています。他の先進国でも再エネ拡大の目標や実績は日本を上回るケースが多く、日本の再エネ比率36~38%は控えめとの評価があります。第6次エネルギー基本計画策定時にも、「再エネ2030年目標が低いために、逆に原子力20~22%、石炭火力19%という非現実的な高い依存目標を立てざるを得なくなっている」との批判がありました。実際、原発20%超稼働や石炭19%維持は多くの国が採用しないシナリオであり、46%削減目標(2013年比)との整合性にも疑問が呈されています。したがって、2030年に向けた再エネ導入の一層の上積みと政策強化は、日本が国際的な脱炭素競争に取り残されず、エネルギー安全保障と経済成長を両立するためにも急務となっています。
以下、再エネ導入拡大に際して日本が直面する主要課題を順次取り上げ、その背景と現状を分析します。また各課題について、諸外国の制度や取組との比較を交えながら、克服に向けた政策・制度設計の方向性を論じます。
電力系統制約とその克服策
系統容量不足と送電網の強化
再エネ電源の大規模導入に伴い、電力系統の容量制約が日本各地で顕在化しています。「空き容量ゼロ」と称される送電線の逼迫により、新規再エネ案件が系統接続できない問題は、再エネ普及のボトルネックとなってきました。日本の送電網は長年、地域ごとの独立性が高く、北海道~本州間など地域間連系線の容量が限られているため、再エネ適地と需要地のミスマッチが生じています。例えば風力適地の多い北海道・東北や、太陽光導入が急増した九州では、地域内需要を上回る電力を他地域へ送れず、出力制御(カット)を余儀なくされる状況が発生しました。九州電力管内では2023年4~6月に再エネの出力制御率が18.8%(太陽光のみでは20%)に達し、4月単月では太陽光発電の30%以上がカットされる事態となりました。これは年間でも太陽光の出力抑制率10%超に相当し、再エネ事業者の経営に大きな影響を及ぼしています。実際、2022年から2023年前半にかけ九州などで出力制御が急増し、太陽光事業者の間で「事業継続が危ぶまれる」との不安が広がったと報告されています。このように、送電網の制約による再エネの無効電力化は、日本の再エネ拡大における深刻な課題です。
系統制約を根本的に解決するためには、送電インフラの増強が不可欠です。政府および電力広域的運営推進機関(OCCTO)は、全国レベルでの次世代送電ネットワーク構築に向け「次世代送電網マスタープラン」を策定し、増強すべき地域間連系線・幹線系統を洗い出しています。2021年5月にはその中間整理が公表され、大容量送電線の新増設計画が示されました。例えば、再エネ大量導入に対応するため北海道~本州間や東北~東京間の連系線増強、西日本各エリア間の連系強化などが検討されています。送電網強化には時間と巨額の投資が必要ですが、2050年カーボンニュートラルに向けた基盤整備として計画的な推進が求められます。
ノンファーム接続と系統運用改革
ハード面の送電網増強と並行し、既存系統を最大活用するための運用ルール改革も進められています。その一つが**「ノンファーム型接続」(非固定容量接続)の拡大です。従来、日本では安全度を見込んだ上で発電設備の接続容量を厳格に制限してきましたが、ノンファーム接続では一定の出力制御を前提に送電容量を柔軟に共有します。これにより系統容量を有効活用し、仮にピーク時に一部抑制が発生しても、それ以外の時間帯は余剰容量で発電できます。経済産業省はこのノンファーム接続運用を拡大し、「空き容量ゼロ」でも接続可能とする取り組みを推進しています。また、送電網の運用面では、複数エリア間で融通を図る広域運用や、デジタル技術を活用した需給調整の高度化(リアルタイム調整)も進展しています。2024年度からは日本でも統一的な容量市場・需給調整市場**が本格稼働し、エリアを越えた調整力確保や予備力の効率的活用が期待されています。
さらに、再エネ優先の系統運用を制度化する検討も重要です。欧州では再エネ電源を他電源より優先して送電する「優先給電」ルールを導入している国もありますが、日本では必ずしも明確でありません。FIT制度下では出力制御「30日ルール/360時間ルール」により一定範囲の無補償カットが許容されていますが、それを超える場合は補償が発生する仕組みでした。今後FIP制度に移行が進む中で、市場価格シグナルに基づく出力調整が行われるようになりますが、同時に系統運用者が公正かつ透明なルールで再エネを含む電源調整を行う枠組みが不可欠です。政府は2023年、「再エネ出力制御の公平・効率的実施」のための指針策定等を行い、旧一般電気事業者と新規事業者の間で公平なルール運用がなされるよう監視を強めています。系統制約解消には、以上のようなハード・ソフト両面の施策を総動員し、再エネの導入拡大と電力系統の安定運用を両立させることが求められます。
再エネ発電コストと採算性の課題
FITによる導入促進と費用負担
日本の再エネ普及を飛躍させたFIT制度は、同時に国民負担の増大という副作用を伴いました。FIT制度下では再エネ電力の買取費用を賦課金として電気利用者全体で負担するため、再エネ導入量の増加に比例して賦課金総額も拡大しました。実際、FIT開始翌年の2013年度に0.35円/kWhだった再エネ賦課金単価は年々上昇を続け、2022年度には3.45円/kWhに達しました(図表
)。これは家庭や企業の電気料金を押し上げ、一時は電力料金高騰要因として社会的な関心を集めました。もっとも、2022年度以降はFIT買取価格の低減と燃料価格高騰による市場価格上昇の影響で、2023年度の賦課金単価は1.40円/kWhへと半減しています。賦課金低減は消費者に朗報ですが、背景には再エネ発電事業者側が市場価格リスクや収入不安定化をより負担する状況への移行があります。FIT制度の初期段階では高い買取価格設定により投資促進と利潤確保が図られましたが、これに伴う過剰な利益供与や非効率な案件乱立も指摘されました。政府は2017年以降、太陽光などで入札制(オークション)を導入して買取価格の低減を誘導し、FIT認定案件の未稼働問題への対応(認定期限の設定等)も進めました。結果、調達価格は年々下がり、例えば非住宅太陽光(50kW以上)は2025年度に8.9円/kWhまで低減する見通しです。FIT制度開始から10年が経過し、その功罪の検証が進む中、近年はFIP制度への転換が始まりつつあります。
図:再エネ賦課金単価の推移(円/kWh)。「FIT開始翌年の2013年度から上昇を続けた再エネ賦課金は2023年度に初めて低下し、前年度の3.45円から1.40円へと半減した」。この背景にはFIT買取価格の低減効果に加え、算定基準となる市場価格(JEPX)の高騰が大きく影響した。
発電コストの国際比較と課題
再エネの中長期的な主力電源化には、コスト競争力の強化が不可欠です。日本の再エネ発電コストは国際平均と比べ依然高めであり、とりわけ太陽光発電の設備コストは欧米より高止まりしています。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によれば、2021年時点で日本の大規模太陽光の設備当たりコストは世界平均の約2倍に達していました。FIT導入期に高利潤が保証されたことで、部材や工事費の価格低下努力が進まなかった面や、土地取得・接続工事等のソフトコストの高さが一因と指摘されています。もっとも、制度面の改善(入札制導入等)により、日本の太陽光発電の入札価格は2017年から2020年にかけて35%以上低下し、ようやく国内コストに見合った価格水準が形成されつつあります。それでもなお、同時期の世界的な太陽光価格に比べれば日本は割高であり、経済規模や市場成熟度が近い他国(例えば欧州諸国)と比べても高水準にあります。主な要因は設備・工事費の割高さや、新技術導入への慎重姿勢(リスクプレミアム)と分析されています。
風力発電についても、欧州に比して日本はコストが高く、開発リードタイムも長い傾向があります。陸上風力は環境影響評価手続きの義務化(2012年~)により開発期間が長期化し、FIT期間中に十分な導入量を確保できませんでした。また国内メーカーの市場撤退もあり、設備調達コストが下がりにくかった事情もあります。洋上風力に関しては、欧州で顕著なコスト低下(近年は入札で従来型火力と同等水準)が進む中、日本はまだ黎明期でコストが高く、今後の大規模導入に伴うコスト逓減に期待がかかります。政府は洋上風力を「国産産業の柱」と位置付け、サプライチェーン整備や港湾インフラ整備支援を打ち出していますが、国際水準のコスト競争力を持つ産業育成には一層の戦略が必要です。
総じて、日本の再エネ導入コストを低減し採算性を高めるには、規模の経済の追求と技術革新がカギとなります。太陽光では広域的な太陽光市場の形成や、規制緩和による工事費低減、次世代パネル(ペロブスカイトなど)への投資が重要でしょう。風力では入札制度の透明・公平な運用により競争を促し、案件形成段階からコスト情報の開示・低減を図るべきです。幸い、日本の再エネ業界も近年は競争環境が整いつつあり、例えば太陽光では2020年代半ばに入ってFIT・FIPに頼らない無補助案件も現れ始めています。こうした市場主導型の事業を可能にするには、系統接続料や送電料金の合理化、環境アセスの迅速化といった制度面のコスト要因是正も求められます。再エネが真の主力電源となるためには、政府による適切な市場設計とコスト低減支援策を継続・強化し、長期的な競争力向上を図る必要があります。
土地利用と地域における合意形成の課題
適地不足と土地利用計画
国土面積が狭く人口密度の高い日本において、大規模な再エネ設備の適地確保は容易ではありません。太陽光発電では、FIT初期に平地や農地へのメガソーラー開発が相次ぎましたが、適地は次第に減少しつつあります。近年は休耕地利用や山林開発による太陽光も増えましたが、急峻な地形での開発は土砂災害リスクや景観破壊の懸念を生みました。いくつかの地域では、メガソーラー建設による環境影響が問題化し、自治体が独自に開発規制条例を制定する動きも見られます。一方、都市部や需要地近郊では土地取得コストが高く、太陽光のさらなる導入拡大には建造物屋根や遊休地の活用、農地と太陽光の両立(ソーラーシェアリング)等の工夫が重要です。営農型太陽光(ソーラーシェアリング)は2013年に制度化されて以来、小規模ながら各地で導入が進み、農地転用を伴わずに再エネを導入できる方策として注目されています。農林水産省も要件緩和や普及支援に乗り出しており、土地制約を乗り越える一助となるでしょう。
風力発電でも、陸上では適地が限られます。特に大型風車は山間部や高原に設置されるケースが多く、アクセス道路や送電線の整備も含め広大な用地と環境配慮が必要です。風況の良い北海道や東北では既に多数の風車が立地しつつありますが、今後さらなる増設には地域毎のゾーニング(適地選定)と計画的開発が不可欠です。政府は各地で「風力適地マップ」作成支援を行い、自治体と連携した土地利用計画策定を促しています。また、洋上風力に関しては**「促進区域」制度**を導入し、国主導でエリアを設定した上で公募入札を行う仕組みを整えました。これにより、洋上風力は一定の海域計画に基づいて開発が進む見通しですが、漁業協調や環境影響に細心の注意を払いながら、沿岸自治体と漁業者の理解を得るプロセスが重要になります。
地域住民の合意形成と環境影響評価
再エネ設備の導入に際し地元地域の理解と合意形成を得ることは不可欠です。近年、各地で住民や自治体が再エネ開発に懸念を示し、計画中止に至る例も出ています。例えば関西電力が宮城・山形県境の蔵王連峰で計画していた大規模風力発電事業は、自然公園や景観への影響を懸念する蔵王温泉観光協会や沿県知事の反対表明を受け、2022年7月に撤回されました。また青森県では、風力先進地域であるにもかかわらず、更なる大型風車計画に対して「これ以上の環境圧迫は許容できない」と地元住民が反対運動を展開するケースもあります。太陽光発電でも、奈良県で県有地へのメガソーラー計画が住民の強硬な反対に遭い白紙撤回された事例や、宮城県丸森町で住民の7割が計画反対を表明しながら国の認定が下りた案件への不満など、「再エネ=無条件に歓迎される」とは限らない現実が各地で顕在化しています。
こうした状況を踏まえ、政府・自治体・事業者には地域と共生する再エネ導入スキームの構築が求められます。まず重要なのは、環境影響評価(EIA)の適切運用と早期の住民対話です。環境省は風力発電のアセス手続きを迅速化しつつ、内容の充実を図る方針を示しています。また事業者に対しては、計画段階から地元説明会や意見聴取を丁寧に行い、可能な限り設計に反映するよう指導しています。次に、地域へ利益を還元する仕組みも合意形成を促す上で効果的です。欧州では風力発電所の売電収入の一部を自治体に還元したり、地元住民が出資者として参画できる制度を設けている例があります。日本でも、自治体が再エネ事業に出資・参画する公民連携や、事業収益の一部を地域振興基金に拠出する仕組みなどが試行されています。さらに、地域の再エネによる電力を地元企業・家庭で利用する地産地消モデルを構築し、地域経済にメリットが及ぶようにすることも住民の理解につながります。
政府レベルでは、2022年策定の「GX(グリーントランスフォーメーション)基本方針」において、地域主導の脱炭素化支援が掲げられました。具体的には、脱炭素先行地域の選定や、地方創生と一体化した再エネプロジェクトへの支援が盛り込まれています。これらを着実に実行し、国・自治体・事業者が協働してスムーズな合意形成を図るスキームを構築することが急務です。再エネ導入拡大を地域の負担ではなく発展の機会とするために、透明で公正なプロセスとWin-Winの仕組みづくりが求められています。
再エネ事業者の育成と競争力強化
国内企業の参入状況と課題
再エネ産業を持続的に発展させるには、多様な事業者の参入・育成が重要です。日本ではFIT開始以降、太陽光を中心に新規参入事業者が急増し、2023年度時点で再エネ発電事業者は1500社以上にのぼります。これは従来10電力会社が独占してきた電源開発に新風をもたらし、地域の中小企業や農業法人、さらには個人や協同組合による市民電力も誕生しました。しかしながら、参入者の多様化は一方で事業の質のばらつきも生み、FITバブル期には計画倒れ案件やズサンな施工によるトラブルも見られました。今後は事業者の選別と質の向上が課題となります。国は認定制度の厳格化や入札制による価格競争導入で事業者の適格性確保を図っていますが、これにより小規模事業者が淘汰され大手企業による集約が進む可能性もあります。一方、再エネ事業の長期安定運営には地域に根差した中小事業者の役割も大きいため、技術・資金面での支援策により裾野を広げることも重要です。
技術面では、再エネ関連の人材育成と専門企業の育成が課題です。太陽光や風力の設計・施工・保守を担うエンジニアや技術者の不足が指摘されており、産学官連携での人材育成プログラム拡充が望まれます。また、風車や太陽電池など主要設備の国産比率低下にも懸念があります。太陽電池はかつて日本メーカーが世界市場を席巻しましたが、現在は中国勢が圧倒し日本メーカーのシェアはごく僅かです。風力発電設備も欧州メーカー(VestasやSiemens Gamesaなど)が国際市場をリードし、国内大手は洋上風力で海外メーカーと提携する形でようやく参画し始めた段階です。政府はエネルギー安全保障と経済成長の観点から再エネ産業の国内基盤強化を掲げ、次世代太陽電池(ペロブスカイト)の開発に1500億円を投じるなど対策を始めています。他にも、洋上風力の主要部材(タービン、ブレード、変圧器など)で国内製造を促進し、関連する製造業・建設業に新たな市場機会を創出しようとしています。
国際競争力の強化と政策支援
気候変動対策の潮流により世界的に再エネ市場は拡大しており、日本企業がこの成長分野で競争力を発揮できるかが問われています。課題解決を通じて世界に通用するエネルギー企業を創出する必要性は前述の通りですが、具体的には技術開発力・コスト競争力・事業運営力の総合力強化が求められます。政府は「グリーン成長戦略」において再エネ関連産業を重点分野と位置づけ、税制優遇や規制改革、予算措置による後押し策を示しています。また電力システム改革により、小売電気事業や発電事業への新規参入障壁は大幅に低下しました。発電・送電の法的分離(2020年)後、旧一般電気事業者と新電力が対等に競争できる市場環境を整備しつつありますが、なお市場支配力の問題や情報の非対称性といった課題も残ります。公平な競争環境を徹底することが、新興の再エネ事業者の成長を支える前提となります。
さらに、再エネ事業はグローバルな資本・企業との競争も避けられません。例えば日本の洋上風力公募には欧州の大手エネルギー企業が参画し始めており、資本力や経験で勝る海外勢に国内企業がどう対抗するかが課題です。適切な競争促進と国内企業育成のバランスを取るため、政府は洋上風力の入札で地元経済への貢献度(ローカルコンテンツ)も評価する仕組みを導入しました。しかし国内産業保護に偏るとコスト高や停滞を招きかねないため、公正な競争原理を維持しつつ戦略分野への重点投資で国際競争力を涵養する戦略が必要です。
以上の点から、政策提言としては再エネ人材の育成強化(専門教育プログラム・資格制度の充実)、研究開発投資の継続(次世代技術や高効率化技術への支援)、公正な市場競争ルールの確立(情報開示や独占禁止の徹底)、地域の企業参画支援(金融支援やマッチングの促進)などが挙げられます。再エネを担う事業者層が厚みを増し、高度化することは、日本経済全体のグリーン成長にも直結します。政府の役割は、単なる補助ではなく、事業者が自立的・持続的に発展できるエコシステムをデザインすることにあります。
固定価格買取制度(FIT)・フィードインプレミアム(FIP)の検証
FIT制度の成果と問題点
固定価格買取制度(FIT)の導入効果は極めて大きく、日本の再エネ比率を2012年の10%弱から2023年度26%超へと押し上げる原動力となりました。特に太陽光発電の爆発的拡大(導入容量はFIT開始前の約12倍に増加)はFITなしには成し得なかったと言えます。FITによって再エネ発電は20年間の売電収入が約束され、投資の予見性が高まったため、民間資金が一気にこの分野に流入しました。その結果、再エネは原子力・石炭に次ぐ第3の電源となり、まさに「再エネを主力電源化する道を開いた」と評価できます。
しかし、FITの運用過程で顕在化した問題点も多々あります。第一に前述の費用負担の急増です。再エネ賦課金は累計で数兆円規模に達し、国民経済に無視できない影響を与えました。第二に、導入電源の偏りです。FITの高額買取価格設定は主に太陽光に適用され、開発期間の長い風力や地熱は十分な恩恵を受けられませんでした。結果、再エネ拡大の大半が太陽光に依存し、系統への影響が大きい変動電源(VRE)の比率増につながりました。第三に、非効率案件や不正の問題です。FIT開始直後には、設備認定だけ受けて長期間未稼働の「案件ホルダー」問題や、実態のないペーパーカンパニーの参入、不適切な土地造成による環境破壊などが報告されました。これに対し政府は幾度か制度改正を行い、認定の有効期限設定や、事業計画認定制の導入(2017年)などで改善を図りましたが、初期に認定された高額案件が数多く残存し、調整が難航しました。第四に、電力市場・系統への副作用です。FIT電源は市場原価を問わず一定価格で買い取られるため、スポット市場価格が低下(モラルハザード)しやすく、他の発電事業者の経営を圧迫する面がありました。また、電力系統運用上も、FIT電源は一定範囲で優先給電されるため他の火力発電等の運転計画に影響し、需給バランス調整を困難にする要因ともなりました。
これらの問題点を踏まえ、政府内外でFITからFIPへの移行が議論され、2022年度から大規模案件を中心にFIP制度が開始されました。FIP(Feed-in Premium)は市場価格にプレミアム(補助額)を上乗せする方式で、発電事業者は市場で電力を売却し、不足分をプレミアムで補填されます。これにより、事業者は市場価格の動向に晒されるため、**発電コスト削減や市場対応(例えば売電タイミング調整、需要家との直接契約)**のインセンティブが働きます。すなわち、FITのような固定収入ではなくなる分、市場原理を取り入れた制度設計です。
FIP制度への転換と今後の制度設計
2022年以降、再エネ新規大型案件(太陽光250kW以上など)は原則FIPに移行し、FIT対象は地域利用型の小規模案件等に限定されつつあります。この制度転換により、市場統合が進むメリットが期待されます。具体的には、発電事業者が需給ひっ迫時に発電量を増やし、余剰時には抑制するなど、市場価格に応じた柔軟運用が促されます。また、自家消費型や電力直接取引(PPA)への誘導にも繋がり、補助金頼みでない事業モデルの拡大が見込まれます。
もっとも、FIPにも課題は残ります。まず、価格変動リスクを事業者が負うため、収益が不安定になり金融機関の融資判断が厳しくなる恐れがあります。特に市場価格が低迷するとプレミアム支払い額が増える仕組みですが、極端な暴落時には事業継続に支障をきたす可能性もあります。これに対応するため、一定の価格保証策やデリバティブ市場の整備(価格ヘッジ手段の提供)が必要です。また、出力制御時の扱いも論点です。FITでは年間一定時間以上の出力制御に補償が出ましたが、FIPでは市場原理に委ねられるため、頻繁な出力抑制は事業損失となります。したがって、前述の系統制約対策を進めて無補償カットが発生しにくい環境を整えることがFIP定着の前提となります。
さらに、FIPへの移行期においては既存FIT案件との整合性を取る必要があります。既存FIT認定をFIPへ転換可能とする制度(事業者の任意選択)が設けられていますが、高額FITを保持する案件がそのまま残れば不公平感や市場歪みが残ります。国は高額買取案件の減額誘導策(未稼働案件の認定失効や買取単価見直し)を講じていますが、過渡期の慎重な対応が求められます。
最後に、FIT/FIP以外の支援スキームも含めた総合的な制度設計が必要です。欧州では市場統合を基本としつつ、一部で契約差額(CfD)制度など変形FIP的な制度も用い、価格暴落時のセーフティネットとしています。日本も将来的に再エネ比率が飛躍的に高まれば、市場価格の変動幅が拡大し予測困難になる可能性があります。その際、安定的な投資環境を維持しながら市場機能を活かすために、ハイブリッドな政策手段(容量メカニズム、需給調整市場、デマンドリスポンスへの報酬など)を組み合わせることが重要でしょう。
以上より、FIT/FIP制度の検証から得られる教訓は、**「過度な補助は持続せず、市場原理との調和が必要」**という点です。政府には、再エネ事業者が自立して収益を上げられる市場環境を用意しつつ、市場の失敗が起きる部分には機動的に政策介入するというバランス感覚が求められます。
電力契約手法の新展開:PPA・自己託送
コーポレートPPAと自己託送モデルの台頭
再エネ導入拡大の新たな潮流として、コーポレートPPA(Power Purchase Agreement)や自己託送による電力調達が注目されています。コーポレートPPAとは、電力ユーザー(需要家企業)と再エネ発電事業者が長期契約を結び、再エネ電力を直接売買する枠組みです。とりわけオフサイト型PPA(需要家とは異なる場所に発電所を設置し送電網経由で供給)では、FIT等の公的制度に依存せず民間主体間の契約で再エネ電力を導入できるメリットがあります。一方の自己託送は、自家発電設備等で発電した電力を送配電網を介して自社や関連会社の拠点に融通するスキームで、いわば「自家用電気の遠隔地利用」です。日本では2021年11月に規制緩和が行われ、一定条件下で第三者の発電設備からでも自己託送が可能となりました。これにより、需要家と発電事業者が協同組合等を組成して送電網を借用し、再エネ電力を融通し合うことが認められ、実質的にオフサイトPPAを自己託送スキームで実現できるようになりました。
これらの契約手法が広がる背景には、企業のRE100やESG経営志向があり、自社で消費する電力を再エネ由来に切り替えるニーズが高まっていることがあります。また、電力自由化後の市場価格高騰リスクに対し、長期固定価格で再エネ電力を確保することで電気料金の安定化や将来的なコスト削減を図る狙いもあります。特に2021年後半以降の化石燃料価格高騰で電気料金が急上昇した局面では、再エネ由来電力の価格優位性が注目され、PPA締結による燃料調整費や賦課金回避のメリットがクローズアップされました。
政府もこの動きを支援しており、「再エネ利用環境整備」の一環としてPPAモデル契約の標準化、情報提供を進めています。自己託送に関しては、再エネ賦課金が不要となるメリットがあり、事業者にとって経済的誘因が大きいです。そのため大手需要家を中心に導入事例が増えつつあり、例えばイオンモールは合同会社方式で約65MWの太陽光を設置し自己託送を開始しました。また官公庁施設でも自己託送モデルを活用した再エネ調達が検討されています。
PPA/自己託送の課題と期待
コーポレートPPAや自己託送は、公的補助に頼らず市場メカニズムで再エネ導入を進める点で望ましい動向ですが、普及拡大には課題もあります。まず、契約・事業スキームの複雑さです。自己託送モデルでは需要家と発電事業者が共同出資する組合を設立するなど一定の手続きが必要で、ハードルが高い面があります。また送配電網を利用するため、一般送配電事業者との託送料金契約や系統影響評価も必要です。現行の託送料金体系では、送電損失や基本料金部分も含め負担が発生しますが、取引形態が増える中で公平な費用負担のルール整備も重要となります。
次に、中小需要家への波及です。現在PPAを活用するのは大企業が中心ですが、日本の産業全体で見ると中小企業や自治体など資金・知見の乏しい主体にも簡便に利用できる仕組みにしていく必要があります。そのためには、アグリゲーターやエネルギーサービスプロバイダー(ESP)が仲介して標準化された契約プランを提供することが有効でしょう。実際、国内でもPPAサービス事業者が登場し、需要家は初期費用ゼロで再エネ電力を購入できるモデルが出始めています。また、複数の需要家が共同で1つの発電所から電力を融通し合うバーチャルPPA的な取り組みも可能性があります。
さらに制度的には、非FIT電源の環境価値の明確化が課題です。PPAや自己託送で調達した電力が「再エネ由来」として企業のCO2削減にカウントされるには、非FIT電源向け非化石証書の取得等が必要です。政府は非FIT非化石証書の市場を創設し、トラッキング付証書の発行も進めていますが、需給が逼迫すると証書価格が上昇するなどの問題も指摘されています。供給側を増やすため、FIT満了電源(買取期間終了後の電源)や新規FIP電源からの環境価値提供を円滑にする制度整備が重要です。
これらの課題に取り組みつつ、PPA・自己託送の普及拡大は再エネ主力電源化への大きな推進力となることが期待されます。需要家自らが再エネ電源を確保・活用する動きは、再エネ導入の裾野を広げ、社会全体で支える仕組みへと転換していく契機となります。政策的にも、情報提供やマッチング支援、税制優遇(設備投資減税など)を通じてこのトレンドを後押しすべきでしょう。最終的には、再エネが市場で当たり前に取引され、多様な主体が自由に売買できる状態(グリッドパリティの実現)が望まれます。PPA・自己託送はその橋渡しとなる新たなビジネスモデルとして定着しつつあります。
再エネ主力電源化に向けた電力市場設計
高い再エネ比率時代の市場課題
再生可能エネルギーが主力電源として電力供給の中核を担うようになると、現在の電力市場・制度にも変革が求められます。再エネは天候に左右され出力変動が大きいため、従来型の24時間前予測・調整では対応しきれず、リアルタイムでの需給調整力(調整力市場)の拡充が必要です。また、再エネ比率が50%を超えるような将来には、需給バランス維持のため柔軟性リソース(調整電源・需要応答・蓄電池等)の価値が飛躍的に高まります。日本の現行市場では、予備力や調整力を容量市場・調整力市場で扱い始めていますが、未だ発展途上であり価格シグナルも不十分です。欧州などでは再エネ大量導入に合わせ、補完的な市場(需給調整市場、容量市場、先物市場など)を整備してきました。日本もポスト2024年に向けさらなる市場改革課題が明らかになっており、特に調整力や系統混雑管理(コネクト&マネージ)に関する市場設計が重要と指摘されています。
具体的には、以下のような市場設計上の論点があります:
- 容量市場のあり方:日本では2020年度より容量市場(将来の供給力を確保するための市場)が導入されましたが、落札価格が高止まりし消費者負担増につながる懸念や、旧式火力にも報酬が支払われ石炭火力の延命に寄与するとの批判があります。再エネ主力化時代の容量市場は、単に全発電容量を確保するのではなく、必要な柔軟性容量(ピークシフト可能な蓄電・需要削減・迅速起動電源など)を確保する方向に再設計すべきでしょう。
- 調整力市場と需給調整の高度化:再エネ比率が高まると、予測誤差を埋める調整が頻繁に発生します。既に日本でも2021年度からインバランス料金(需給不一致ペナルティ)を30分単位から5分単位精算に変更し、バランシングネイション(広域需給調整)の強化を図っています。今後は需要側の柔軟性参加(デマンドレスポンス)を市場に組み込み、価格応答型の需要調整ができる仕組みを確立することが重要です。例えば、米国や欧州では大口需要家が調整力市場に参加し、報酬を得るビジネスが一般化しています。日本も2024年度より需給調整市場へ需要側資源の本格参加が始まる見込みであり、この市場を活性化させる制度インセンティブ(例えばネガワット取引の評価拡大)が求められます。
- 先物市場・長期契約市場:再エネ発電事業者や需要家が将来の電力価格変動に備えるため、先物市場や長期取引市場の充実が必要です。現在、日本でも大阪取引所で電力先物取引が行われていますが流動性が低く、事実上機能していません。再エネ比率上昇で価格変動性が増すと、リスクヘッジ手段としての先物・デリバティブが不可欠となります。政府・取引所は市場参加者拡大策(証拠金要件緩和など)を検討すべきでしょう。また、容量市場とは別に長期電力オークション(例えば10~20年スパンの固定価格契約)を開催し、再エネ開発を促進する手法も一部で議論されています。欧州のCfDはこれに近い仕組みで、国家が買手となる代わりに市場価格との差額を清算するものです。日本でも必要に応じて導入を検討すべき政策オプションです。
電力市場の公正性とカーボンプライシング
再エネ主力化にあたり、電力市場の公正な運営も極めて重要です。発送電分離以降も、なお旧一般電気事業者の系列が発電・小売に強い影響力を持っています。不透明な社内取引や情報の囲い込みがないよう、監視を強化し市場透明性を高めることが、市場価格が適切に再エネ価値を反映する前提条件です。加えて、CO₂排出に価格付けを行うカーボンプライシング(炭素税や排出量取引)の導入も、市場メカニズムで再エネを優位にする効果があります。日本は2022年にGXリーグ構想の下、企業間の自主的排出取引市場を立ち上げました。また2028年までに炭素税的な仕組み(GX経済移行債の償還財源として活用)を検討しています。電力市場に炭素コストが織り込まれれば、石炭火力等の競争力が相対的に低下し、再エネの経済優位性が一層明確になります。欧州連合(EU)では排出量取引制度(EU ETS)が電力セクターにフル適用されており、石炭火力の削減に寄与しました。日本でも同様の効果を狙い、エネルギー転換を市場から後押しするカーボンプライシング政策を整合的に進めるべきです。
このように、再エネ主力電源化に向けた市場設計は多岐にわたりますが、その基本理念は**「競争原理を活かしつつ、適切なルールで安定供給と脱炭素を両立させる」**ことです。政府のGX基本方針でも、エネルギー安定供給と脱炭素の同時実現を図り日本経済を成長軌道に乗せることが重要課題と示されています。市場設計の細部における調整は専門的かつ技術的な課題ですが、欧州の先行事例に学びつつ、日本の制度・市場文化に合った形で改革を進めることが肝要です。
脱炭素と経済成長の両立に向けて
グリーン成長戦略とGX基本方針
再エネ導入拡大は単なる環境政策ではなく、経済成長の機会として位置づけられます。政府は2020年の2050年カーボンニュートラル宣言以降、「グリーン成長戦略」を策定し、再エネや蓄電池、水素など14分野を成長産業として支援する方針を示しました。これに基づき、2兆円規模のグリーンイノベーション基金創設、GXリーグやカーボンプライシングの検討、グリーントランスフォーメーション(GX)経済移行債の発行など、脱炭素投資を呼び込む政策が展開されています。2022年末には「GX実現に向けた基本方針」が策定され、今後10年で官民合わせ150兆円超のGX投資を行い、エネルギーの安定供給・経済成長・脱炭素を同時に実現するロードマップが示されました。この中で再エネは主要な担い手とされており、2030年代に再エネ電源比率を可能な限り引き上げる決意が示されていますp。
政策的後押しに加え、民間企業の意識変化も両立への追い風です。日本企業でも「RE100」宣言(自社電力を100%再エネに)をする大手が増え、サプライチェーン全体で再エネ電力調達を求める動きが活発化しています。再エネ需要が増えれば市場規模が拡大し、新規投資やイノベーションを誘発します。また地方自治体でも再エネ産業クラスター形成や関連雇用創出に乗り出す例が増えています。例えば秋田県や長崎県は洋上風力の基地港湾整備を通じ関連産業育成を狙っていますし、福島県では太陽光・水素を軸とした新エネルギー社会構想を推進しています。再エネを中心とした**「脱炭素ドリブンの地方創生」**は、過疎化に悩む地域に新たな活路をもたらす可能性も秘めています。
コスト負担と競争力維持
脱炭素と経済成長の両立には、コスト負担の最適化も避けて通れません。再エネ導入初期には賦課金負担増などコストが顕在化しやすく、「電気代高騰で産業競争力が損なわれる」との懸念がありました。しかし、近年の情勢を見ると、化石燃料価格の乱高下リスクやカーボンプライス導入を考慮すれば、むしろ再エネ拡大が長期的な安価・安定供給につながるとの見方が強まっています。太陽光や風力の発電コストは既に石炭火力と同程度かそれ以下の水準に低下しており、将来的には蓄電コスト低下と併せてシステム全体で経済的メリットをもたらすと期待されます。実際、家庭部門では太陽光パネル設置が電気代削減に直結するケースが増えていますし、企業もPPAで長期安価電力を確保する動きが広がっています。したがって、短期的なコスト増への手当(例えばエネルギー価格高騰時の補助など)を講じつつ、中長期では再エネ拡大が経済的に有利になることを丁寧に示すことが重要です。
一方、国際競争力の観点では、再エネ比率の高さが将来の貿易条件に影響する可能性もあります。EUは炭素国境調整メカニズム(CBAM)を導入し、輸入品に含まれる間接排出(製造時の電力排出)も課金対象とする動きを見せています。こうした流れに対応するには、国内産業のカーボンフットプリント低減、すなわち製造業等での再エネ電力活用が不可欠です。再エネ導入は企業の環境イメージ向上だけでなく、将来的に輸出競争力維持の条件ともなり得るわけです。日本が高い炭素生産性(経済あたり排出の低さ)を実現できれば、国際的にも評価され投資先としての魅力が増すでしょう。
安定供給とイノベーション
経済成長と両立のためには、エネルギーの安定供給を担保しつつ脱炭素化を進めることが大前提です。再エネ中心の電力系統では、予備力の確保と非常時対応力の強化が必要ですが、これは新たなテクノロジーの活用によって克服可能です。蓄電池の大規模導入(系統用蓄電池、EVのV2G活用)、需要側のデジタル制御、AIによる精緻な発電予測と自動最適制御など、スマートグリッド技術の進歩が電力供給の信頼性を高めています。日本企業はパワーエレクトロニクスやICT分野で強みがあり、これらを組み合わせることで再エネ大量導入下でも質の高い電力供給を維持できるでしょう。むしろ、こうしたエネルギー×デジタルの新産業を育成すること自体が成長戦略の柱となります。政府は「エネルギーDX(デジタルトランスフォーメーション)」を推進しており、データ活用やAI人材育成を含め、再エネシステムを高度化する基盤整備を進めています。
最後に、イノベーションの役割について触れます。再エネのさらなる主力化には現行技術の普及だけでなく、将来技術のブレークスルーも期待されます。例えば、未利用の海洋エネルギー(波力、潮流)や地熱資源の開発、新型蓄電デバイスの開発、水素製造と電力貯蔵の統合などです。これらはすぐに商業化できるものではありませんが、長期的には日本が先手を取って技術開発し、新市場を開拓することで経済成長に寄与する可能性があります。再エネ導入を進める中で得られる知見やデータも、新技術開発にフィードバックできます。したがって、現行技術による普及促進策と並行して将来技術への投資も怠らないことが、経済と脱炭素の好循環を生む鍵となるでしょう。
以上の議論を踏まえ、次節では本稿の分析に基づき、政府が講ずべき具体的な政策・制度設計上の提言をまとめます。
政策提言:再エネ主力電源化に向けた政府への具体的施策
1. 送電インフラの計画的強化と運用効率化: 系統制約解消のため、次世代送電網マスタープランに基づく地域間連系線・幹線系統の増強を着実に実行すべきです。あわせてノンファーム型接続や高度な需給調整システムを導入し、既存送電網の潜在容量を最大限引き出す運用改革を進めます。政府は規制当局・送配電事業者と連携し、再エネ優先の系統運用ルールと透明な出力制御基準を確立してください。
2. コスト低減に向けた競争的導入促進: FIT/FIP入札の拡充と適切な競争環境の整備により、再エネ発電コストの一層の低減を図ります。特に陸上・洋上風力では環境アセス簡素化や標準仕様導入により設備・工事費削減を促してください。さらに再エネ関連の研究開発投資を継続し、ペロブスカイト太陽電池や大容量蓄電池など将来のゲームチェンジャー技術の早期実用化を支援します。
3. 土地利用計画と環境調和型開発の推進: 国・自治体が協働して再エネゾーニングを全国展開し、適地を明確化するとともにエリアごとの導入目標を設定すべきです。環境影響評価制度を運用改善し、早期段階から地域住民の意見を取り入れるプロセスを標準化してください。さらに、再エネ事業収益の一部を地域に還元する仕組み(地域基金創設や税収移転)を制度化し、地域と利益を共有する共生モデルを構築します。
4. 再エネ事業者育成と競争環境整備: 再エネ事業に関わる人材育成プログラムを強化し、専門技術者・管理者の裾野拡大を図ります。中小事業者向けの金融支援策(低利融資・信用保証)や技術支援を充実させ、地域密着型の事業者が成長できる環境を作ってください。同時に、旧一般電気事業者と新規事業者の公平な競争条件を徹底するため、情報開示や取引監視を強め、独占的慣行を排除します。
5. FIT/FIP制度の最適化とセーフティネット: FITからFIPへの移行を円滑に進め、将来的には市場原理で再エネが導入される体制を整備します。ただし過渡期には、市場価格下落時に備えた契約差額補填(CfD)や、極端な出力制御発生時の補償ルールなど、最低限のセーフティネットを講じて投資リスクを緩和してください。また、既存高額FIT案件の早期稼働・減額誘導を進め、市場歪みの解消と国民負担の抑制を図ります。
6. PPA・自己託送の促進と制度整備: 需要家と発電者を直接つなぐコーポレートPPAや自己託送モデルの普及に向け、標準契約書の整備やマッチング支援を強化します。自己託送の手続き簡素化や必要要件の緩和(例えば組合スキームの柔軟化)を検討し、中小企業でも利用しやすい仕組みにしてください。さらに、非FIT電源由来の電力にも環境価値証書を付与しやすくすることで、企業のRE100達成を後押しします。
7. 電力市場改革による柔軟性の確保: 調整力市場の拡充と需要側リソースの市場参加を促進し、高再エネ時代に必要な調整力を経済的に確保します。容量市場は将来の系統需給を踏まえて制度見直しを行い、真に必要な柔軟性電源・蓄電・DRが適切に評価される設計へ転換してください。電力先物市場の活性化策を講じ、発電事業者・需要家が価格変動リスクをヘッジできるよう取引参加を促します。
8. カーボンプライシングと非化石価値の活用: 電力セクターへの炭素価格付けを強化し、化石燃料発電の外部コストを市場価格に内部化します。2030年46%減目標の達成に向け、国内排出量取引や炭素税の導入スケジュールを早期に明示してください。加えて、非化石価値取引市場を整備し、電力の環境価値が正当に評価・流通する仕組みを定着させます。これにより再エネの環境付加価値が経済的メリットとなり、企業行動を変革します。
9. 原子力・化石との整合的なエネルギーミックス見直し: 再エネ拡大と安全・安定供給の観点から、エネルギー基本計画上の他電源目標も現実的に再評価します。特に2030年石炭火力19%は気候目標と矛盾するため、いち早く段階的削減ロードマップを策定してください。また原子力20-22%についても、依存度低減の方針を維持しつつ再エネの上振れ分で代替するシナリオを用意します。再エネ優先の柔軟なエネルギーミックスへ転換することで、政策の一貫性と実現可能性を高めます。
10. 国民理解醸成と参加型のエネルギー転換: 再エネ主力化には国民の理解・支持が不可欠です。政府はエネルギー転換の必要性と長期的利点を丁寧に説明し、地域や個人が参加できる施策(市民共同発電、グリーン電力証書購入支援等)を展開してください。教育や広報を通じて次世代へ繋ぐビジョンを共有し、Society5.0時代の新しいエネルギー社会像を示すことが重要です。
以上の提言に沿った政策展開により、日本における再生可能エネルギーの導入拡大は現実的な軌道に乗り、エネルギーの安定供給・経済成長・脱炭素の三立(S+3E)の実現に大きく近づくと考えます。再エネはもはや「代替エネルギー」ではなく日本のエネルギー安全保障と産業競争力を支える主役であり、そのポテンシャルを最大化すべく、今後の政策・制度設計において本稿の分析・提言が一助となることを期待します。
おわりに
本稿では、日本における再生可能エネルギー導入拡大に向けた課題と制度設計について、現状分析と具体策の提言を行いました。電力系統の強化・運用革新、コスト競争力の向上、土地・環境問題への対応、事業者育成、制度改革や市場設計、そして脱炭素と経済成長の同時実現といった幅広い視点から論じたように、再エネ主力化は技術・経済・社会の各側面にまたがる総合課題です。日本は過去10年で再エネ導入量を飛躍的に増やしましたが、2030年・2050年の目標達成にはさらなる変革が必要です。他国の先行事例や国際的な動向も参考にしつつ、日本独自の強み(技術力、地域力)を活かした戦略で課題を克服していくことが求められます。
再生可能エネルギーの大規模導入は、気候危機への対策であると同時に、次世代の産業創出と地域振興の契機でもあります。政府には長期的視野に立った一貫した政策推進と、関係主体の連携促進によって、**「脱炭素化による経済と環境の好循環」**を実現する責務があります。本稿で提示した提言がその一助となり、日本のエネルギー転換が持続可能で実効性のあるものとなるよう期待します。
参考文献・出典
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