中小製造業において、ERP(統合基幹業務システム)を導入してDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する取り組みが増加しています。これまでは「経営の見える化」による生産性向上を主眼に置いてきましたが、近年は環境規制強化や取引先からの要請を背景に、製品ライフサイクル全体のCO₂排出量を示すCFP(カーボンフットプリント)への対応も企業の競争力を左右する重要要素となっています。本稿では、CFP可視化の必要性、ERPを活用した算定手法、実際の導入事例を通じて、CFP対応の具体的メリットと進め方を詳解します。
1. CFP対応が中小製造業にもたらすインパクト
1.1 取引先からの要請強化と業界動向
欧州のサプライチェーン規制や大手メーカーのサステナビリティ調達基準が厳格化する中、部品や素材を納める国内サプライヤーにもCO₂排出量証明が求められるケースが増えています。欧州では「サプライチェーン温室効果ガス規制(EU CS3)」の議論が進行中で、大手自動車メーカーは納入部品ごとのCFP公表を計画しており、早期対応のサプライヤーには優先発注の動きさえ見られます。また、国内では経済産業省がガイドラインを改訂し、製造業におけるCFP算定・公表の推奨を明記しています。
1.2 CFP未対応のリスクと機会
CFPを可視化していない企業は、大手顧客の調達リストから外れるリスクがある一方、早期にCFPデータを整備し、脱炭素製品としてアピールした企業は、価格競争だけに依存しない差別化を実現できます。加えて、製品の環境価値を訴求できることで、新興市場や海外顧客への売り込みも有利に進められます。
2. ERPを活用したCFP算定のプロセス
2.1 ERPデータ連携による精緻な算定基盤
ERP上では、機械ごとの稼働時間、電力・燃料使用量、原材料投入量などがリアルタイムに管理されています。これらの詳細データをもとに、①エネルギー消費量をCO₂排出係数で換算、②材料投入量を製造時排出量として加算、という流れでCFPを自動算出できます。手作業での集計に比べて、人的ミスや集計工数を大幅に削減できるのが最大のメリットです。
2.2 算定ツールの導入メリット
CFP算定ツールを導入することで、以下の効果が期待できます:
- 迅速性:月次、生産ロット単位など任意の粒度でCFPレポートを自動生成
- 正確性:最新の公的排出係数や材料マスターを自動更新し、常に信頼性の高い算定結果を保証
- 可視化:ERPダッシュボード上にCFPグラフを統合し、経営層や企画部門が簡単に把握可能
- トレーサビリティ:CFP算定の前提・計算式・データソースをシステム上にログ化し、監査対応にも活用
3. 実例紹介:SAP SFM を活用した福島県の精密部品加工会社
福島県の部品加工メーカー、マツモトプレシジョン社は、ERP(SAP S/4HANA)に組み込まれた**SAP Sustainability Footprint Management(SAP SFM)**を導入。製造実績データと連携し、製品ごとのCO₂排出量を算定・可視化しました。結果として:
- 年間集計時間:従来の手作業20日→システム化で2日
- CO₂削減率:設備の稼働最適化により、電力使用量を5%削減
- 営業ツール化:CFPデータを営業資料に活用し、環境付加価値を訴求して新規取引を獲得
といった成果を上げています。
4. 中小製造業がCFP対応を成功させるポイント
4.1 経営トップのコミットメント
CFP対応は一部門の業務ではなく、全社的な取り組みが不可欠です。経営層が「環境対応は経営課題」の認識を持ち、投資を決断することで、担当者はスムーズにERP拡張やツール導入に着手できます。
4.2 段階的な導入ロードマップ
- 現状分析:現行のCO₂データ取得状況とERP運用レベルを把握
- ツール選定:ERP連携適合性と自社業務フローを踏まえ、候補ツールを評価
- パイロット導入:一部製品ラインで算定・レポートを試行
- 全社展開:現場教育・運用ルール整備を行い、月次報告まで含めた仕組みを構築
- 継続改善:CFPデータを分析し、製造工程・資材調達の最適化施策を定常化
4.3 外部パートナーの活用
CFP算定には環境会計やライフサイクル分析(LCA)の専門知見が必要なため、導入初期は認証機関やコンサルティング会社との連携が効果的です。ERPベンダーやツール提供企業が推奨するパートナーを活用することで、プロジェクトリスクを低減できます。
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