国内化学業界では長年「環境負荷低減は社会的責任」として堅実なグリーン化路線を歩んできました。しかし、米Dowのネットゼロ・エチレン工場計画延期や欧州のエネルギー危機、中国・インドなど新興市場の化石燃料依存拡大など、国際情勢が刻々と変化する中では、これまでの“正直者戦略”だけで十分かどうかが改めて問われています。
Dowの計画延期が示す市場リスク
2025年4月24日、米化学大手Dowは、カナダ・アルバータ州の既存エチレン製造設備をネットゼロ化し、2021年発表の3倍増強計画を2021年→2030年へと延期すると発表しました。Dow CEOのジム・フィッタリング氏は、市場環境の不安定化とGDP成長鈍化を背景に「先を見越した経営判断」と説明しました。(出典:Dow 2025年プレスリリース)
この決定は、サプライチェーンや原料コストの変動、金融市場の引き締めなど、大規模投資を取り巻くリスクの厳しさを端的に示しています。日本企業はこれを教訓とし、計画の柔軟性やオプション性を高める必要があります。
トランプ前政権の教訓と米中政策シフト
かつてのトランプ政権(2017–2021年)がパリ協定から離脱し、化石燃料増産を推進したことで、世界の脱炭素潮流は一時後退しました。現在はバイデン政権下で再加盟し、EV普及策やクリーン電力推進へと舵を切っていますが、米中関係の緊張は依然としてエネルギー・素材サプライに影響を与えています。日本企業は政策リスクの多様性を踏まえたリスクヘッジを、脱炭素投資と並行して検討すべきです。
欧州の天然ガス危機が露呈したリスク
2022年ロシアのウクライナ侵攻後、欧州はロシア産ガス輸入停止でエネルギー危機に直面。ドイツをはじめ製造業が大打撃を受け、再エネ推進の理想と現実のギャップが浮き彫りになりました。(出典:EUコペルニクス気候サービス 2024年報告) 欧州の教訓は、日本の化学大手にもエネルギー供給多様化と価格変動リスク対策の重要性を突きつけています。
国内再編議論とグリーン化シナリオ
国内化学3大再編案として、三菱ケミカル×旭化成×三井化学が30年頃をめどに西日本のエチレン設備を統廃合し、残存ユニットをバイオマス原料混焼などでグリーン化する計画があります。加えて、オレオケミカル(植物由来)樹脂や循環ポリマー(マテリアルリサイクル)の実用化が進みつつあります。これらは高コスト化リスクを伴いますが、付加価値化やサプライヤー差別化につながる可能性があります。
“先行し過ぎ”への懸念と長期戦視点
化学大手幹部からは「欧州は2050→2030へ目標前倒しを繰り返し、現実との乖離が生じた」との指摘もあります。日本の企業が世界最先端を追い続けるのではなく、「2050年完全達成」を見据えた**“マラソン型”グリーン化戦略**を構築することが提案されています。具体的には、短期・中期・長期の目標を区分けし、投資回収性と政策リスクを組み合わせた段階的施策が求められています。
消費者・規制・投資家のトリプルプルーフ
- 消費者需要:高性能・高価格のグリーン製品がどこまで市場に受け入れられるかは未知数
- 規制動向:カーボンプライシング、再エネ義務化、輸入カーボン税などのグローバル規制網に備える必要
- 投資家評点:ESG投資の加速に伴い、サステナビリティ評価が資本コストに直結する可能性
これら3要素のバランスを見極め、“正直者”戦略を柔軟化することで、国内化学産業は真の国際競争力を維持できます。
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