日本の町工場における脱炭素化政策の課題と政府への制度設計提言
はじめに
地球規模での気候変動対策が急務となる中、日本も2030年度に温室効果ガス46%削減(2013年度比)、2050年カーボンニュートラル実現という目標を掲げています。この実現には大企業だけでなく、中小企業、特に地域に根差した「町工場」と呼ばれる中小製造業者の脱炭素化が不可欠です。中小企業は日本の企業数の99.7%を占め、雇用の約7割を支えていますが、その温室効果ガス(GHG)排出量は日本全体の1割~2割弱(約1.2~2.5億トン)に達します。すなわち各社の排出規模は小さいものの、総和として無視できない規模の排出源となっています。また、中小企業は大企業のサプライチェーンを構成する重要な存在であり、大企業のカーボンニュートラル化を進める上でもその取引先である町工場の協力が欠かせません。しかしながら、町工場では資金や人材に制約があり、何から着手すべきか悩む企業も多いのが実情です。本レポートでは、日本国内の中小製造業(町工場)における排出構造とエネルギー起源CO2排出の実態を分析し、脱炭素技術の適用可能性や、資金・技術・制度面の障壁について考察します。さらに、カーボンプライシング(炭素に価格をつける政策)や排出量の「見える化」制度が町工場の脱炭素を促進する可能性を検討し、地域脱炭素施策における町工場の位置づけを明らかにします。海外の中小企業支援策との比較を通じて示唆を得ながら、最後に町工場のグリーントランスフォーメーション(GX)を推進するための具体的な政策提言を行います。
本稿の分析と提言は、政府の環境政策や産業政策の現状、そして町工場が直面する課題を学術的観点から検討したものです。データや統計は最新の公式資料や調査結果に基づき、出典を明記しています。以下、町工場の排出実態から議論を開始します。
町工場の排出構造とエネルギー起源CO2排出の実態
日本のGHG総排出量に占める中小企業の寄与は約1~2割と推計されています。具体的には、中小企業全体で年間1.2~2.5億トン程度(CO2換算)を排出しており、これは日本全体の約9~19%に相当します。残りの8割超は大企業やエネルギー供給部門などからの排出ですが、町工場を含む中小企業も決して無視できない排出源です。実際、「GX実現に向けた基本方針」(2023年2月閣議決定)でも「中小企業が日本の温室効果ガスの約2割を排出している」点が指摘され、カーボンニュートラル達成には中小企業の取組が必要不可欠とされています。
町工場の排出構造をみると、その多くはエネルギー起源CO2、すなわち工場で使用する電力や燃料の消費に伴うCO2排出が中心です。日本全体でもGHG排出の約86%がエネルギー起源CO2であり、町工場においても例外ではありません。典型的な町工場では、電気による動力(モーター、機械設備)、熱供給のための燃料(ボイラーの重油・都市ガス等)などが主な排出源となります。製造業全般で見れば、産業部門のエネルギー起源CO2排出は日本全体の約16%(2.1億トン程度)を占めますが、その中には大企業の大型工場も含まれています。町工場レベルの小規模事業所では、一事業所あたりの排出量は小さいものの、ボイラー・炉・モーター・空調といった設備から断続的にCO2が発生しています。
エネルギー起源CO2排出の実態として、町工場では**間接排出(Scope2)**である電力由来のCO2と、**直接排出(Scope1)**である自家燃料燃焼によるCO2の双方があります。一般に製造業では電力需要が大きく、また熱処理や蒸気などのプロセス熱需要も一定あります。例えば金属加工やメッキ、食品加工など多くの町工場では蒸気ボイラーや乾燥炉を用いており、これらで都市ガス、LPG、軽油等を燃焼して熱を得ています。一方、NC工作機械やプレス機等の動力は電気モーターで駆動され、多くの場合商用電力を使用します。このため町工場の排出削減策を検討するには、電力起源の排出削減(省エネや再エネ電力化)と、燃料起源の排出削減(燃料転換や高効率化)の両面から実態を把握する必要があります。
しかし現状では、町工場の多くが自社のエネルギー使用量やCO2排出量すら十分把握できていません。2024年の日本商工会議所・東京商工会議所の調査によれば、「エネルギーの使用量・温室効果ガス排出量の把握・測定」に取り組んでいる中小企業は全体の25.0%(4社に1社)に過ぎず、従業員20人以下の小規模企業では1割未満でした。裏を返せば7~8割以上の中小企業では、自社のエネルギー起源CO2排出の実態を定量的に把握できていないということです。この状況では、自社のどの工程・設備がどれだけ排出しているか分からず、効果的な削減策を講じる起点にも立てません。
一方で、業種別に見ると製造業(町工場)では他業種に比べてエネルギー管理への意識が高いことも明らかになっています。同調査で「エネルギー使用量・GHG排出量の把握」に取り組んでいる企業は、製造業では40.3%と4割に達し、これは他業種(建設業やサービス業など)の2倍以上の水準でした。また、「省エネ型設備への更新・新規導入」を進めている企業も製造業で50.1%と半数に上り、宿泊・飲食業と並び最も高い割合です。製造業の町工場はエネルギーコストが製品原価に直結しやすく、また取引先からの省エネ・排出削減要請も比較的多いため、他業種より積極的に省エネ・見える化に取り組む傾向があると考えられます。それでもなお、製造業で6割の企業はエネルギー・排出量を測定しておらず、全業種平均では75%が未着手という現状です。
以上のように、町工場の排出構造は主にエネルギー使用に由来し、その削減にはまず現状把握(見える化)が不可欠ですが、多くの企業でそれが不十分です。次章では、そうした町工場が利用可能な脱炭素技術にはどのようなものがあり、それぞれ適用可能性や課題がどうなっているかを検討します。
脱炭素技術の適用可能性 (Decarbonization Technologies for Small Manufacturers)
町工場が実施し得る脱炭素化技術・対策には、大きく分けて以下のカテゴリがあります。(1)省エネルギーの徹底、(2)設備の高効率化・電化、(3)再生可能エネルギーの導入、(4)燃料転換、(5)カーボンオフセット等の活用です。それぞれ町工場への適用可能性と課題を見ていきます。
(1) 運用の改善による省エネルギー: まず着手しやすいのは、既存設備の運用改善や従業員の省エネ意識向上による省エネです。具体的には「こまめな機械の停止・待機電力削減」「エア漏れや蒸気漏れの点検修理」「断熱材の追加」「照明や空調の使用徹底管理」等、投資を要さない管理面の工夫です。調査によれば、中小企業全体で省エネ運用改善に取り組んでいる企業は33.5%程度ですが、製造業では約38%と他業種より高くなっています。宿泊・飲食や製造業では約半数が運用改善を実施しており、これは電気・燃料代の高騰に対応するためすぐできる手段として広がったと考えられます。省エネ診断の専門家によれば、多くの町工場でまず10~20%の省エネ余地が運用改善により見込めるとされます(例えば米国のIACプログラムでは診断後平均10-15%のエネルギー削減が実現)。運用改善はコストゼロで即効性がありますが、効果維持のためには従業員教育や継続的な管理が求められます。
(2) 省エネ型設備への更新・電化: 次に、老朽設備を省エネ型機器に更新することは町工場の脱炭素において重要な選択肢です。例えば、従来型の蛍光灯・水銀灯照明をLED照明に換える、古いボイラーや冷凍機を高効率品に更新する、インバーター制御モーターや高効率コンプレッサーに置き換える等です。調査では中小企業全体で37.0%が省エネ型設備の導入を実施済みと回答しており、特に製造業や宿泊業では約50%と高水準でした。町工場では古い機械を長年使い続けるケースも多く、更新による効率向上余地が大きい傾向にあります。更新投資には資金負担が伴いますが、省エネ効果により中長期では光熱費削減で元が取れるケースが多々あります。例えばエアコンやボイラーの更新では数年~10年程度で投資回収可能な省エネ効果が期待できます。米国DOEの産業評価センター(IAC)によれば、中小製造業者で実施された効率改善策は平均して1年未満の単純回収期間でエネルギーコスト削減を実現しています。
また省エネ型設備への更新と並行して、設備の電化 (Electrification) も脱炭素技術の柱です。従来は化石燃料で熱供給していたプロセスを電気に切り替えることで、電力が脱炭素化すれば間接的に排出ゼロ化できます。具体例としては、化石燃料ボイラーを電気ボイラーやヒートポンプに置き換える、高温が必要な工程では電気ヒーター式の工業炉や高周波誘導加熱装置に転換する、といった手法があります。ただし電化には技術的・経済的課題もあります。高温域(例えば金属溶解やセラミックス焼成)の電化は大規模設備以外では難しい場合や、設備導入コストが高価である場合があります。また、日本では産業向け電力単価が燃料に比して高く、電化によってエネルギーコストが上昇する懸念もあります。こうした課題に対し、近年はヒートポンプ技術の進展で100℃程度までの温熱供給なら電化しても効率向上でコスト増とならないケースが増えています。また将来的なカーボン価格導入で燃料コストが上がれば、電化の経済性が相対的に高まる可能性があります。環境省は中小企業等の電化・燃料転換・排熱回収によって工場単位で15%以上のCO2削減を達成する設備導入を補助対象として支援する制度を設けています。これはヒートポンプや電気炉への転換、大規模排熱回収など大胆な電化・省エネプロジェクトには公的補助が受けられることを意味し、町工場でも条件を満たせば活用可能です。
(3) 再生可能エネルギーの導入: 町工場レベルでも太陽光発電やバイオマス熱利用など再生可能エネルギーの導入余地があります。特に工場建屋屋根や遊休地を活用した太陽光発電(自家消費型PV)は有力です。自家消費型太陽光は昼間の電力需要を置き換え、電力由来のCO2削減と電気代削減の二重のメリットがあります。中小企業でも自家消費太陽光を導入した事例が増えており、補助金やリーススキームを活用して初期投資ハードルを下げる動きも見られます。例えば、ある中小企業では事業継続計画(BCP)対策をきっかけに屋上太陽光を導入し、平時は電気代削減とCO2削減、災害時は非常用電源として役立てています。太陽光以外では、木材廃棄物や工場廃熱を利用した小型バイオマスボイラー・コージェネレーション導入なども事例があります。ただし町工場単独での再エネ導入は規模に制約があり、太陽光でも工場屋根面積によっては全消費の一部しか賄えないことも多いです。そのため未削減分は再エネ電力メニューの調達(電力会社のグリーンプランや非化石証書の購入)によって使用電力の実質再エネ化を図る手法も取られています。最近では中小企業向けに安価な再エネ電力プランを提供する動きも広がりつつあります。
(4) 燃料転換(低炭素燃料への切替): プロセスで化石燃料を使う場合、よりCO2排出の少ない燃料への転換が考えられます。具体的には、石炭や重油からLNG(液化天然ガス)への切替は同じ熱量当たりのCO2排出を約2~3割削減します。また将来的には、水素やアンモニアなど燃焼時にCO2を出さない次世代燃料への転換可能性も議論されています。ただし町工場レベルでは、水素燃料の供給インフラや専用機器の問題があり、直ちに適用可能なケースは限られます。現実的には、ボイラー燃料を重油から都市ガス・LPGへ転換する、フォークリフトなどをガソリンから電動またはバイオ燃料に変える、といった取り組みが段階的に進められています。燃料転換は設備改造や新設が伴い投資負担がありますが、中には既存設備の調整で対応できる場合もあります(例えばボイラーのバーナーを変更してLNG対応にする等)。燃料価格の変動や入手性も考慮する必要がありますが、将来的な炭素税強化を見据えて転換を計画する動きも一部にあります。環境省の補助事業でも、燃料転換戦略の策定や実証を含め中長期的な取組を支援する枠組みが示されています。
(5) 排出量のオフセット・カーボンクレジット: 自社内の削減だけで難しい排出については、カーボンオフセットの活用も一手段です。日本にはJ-クレジット制度があり、再エネ導入や省エネによる削減量をクレジット化して取引できます。町工場が再エネ電力を他所へ供給してクレジットを得たり、逆に自社の排出分を埋め合わせるクレジットを購入したりすることで「カーボンニュートラル製品」を実現する取り組みも一部で見られます。ただしオフセットはあくまで補完的手段であり、まずは自社排出の削減努力が優先です。また中小企業にとってクレジット取引の専門知識や手数料負担はハードルが高く、現在は大企業主体の市場となっています。そこで政府は中小企業も参加しやすいGXリーグやクレジット市場の整備を進めています。GXリーグ(2023年度開始の自主的排出取引の場)には、製造業・サービス業等から568社(2023年6月時点)が参画し、これらで日本排出量の4割超をカバーするとされています。参加企業群にはおそらく大企業が中心ですが、中堅規模の製造業など町工場より大きい企業も含まれており、この枠組みを通じて排出の見える化・削減が進めばサプライチェーン全体に波及効果が期待されます。
以上、町工場が活用し得る脱炭素技術と対策を概観しました。省エネ改善から設備更新・電化、再エネ導入、燃料転換、クレジットまで多様な手段がありますが、それぞれに投資コストや技術適用上の課題があります。次章では、町工場が脱炭素化を進める際に直面する資金面・技術面・制度面の障壁について具体的に分析します。
資金・技術・制度上の障壁 (Barriers to Decarbonization for Small Factories)
町工場が脱炭素化に取り組む上で直面する障壁は多岐にわたりますが、主に資金面(費用負担), 技術・人材面(ノウハウ不足), **制度面(情報不足や手続きの煩雑さ等)**の3つに大別できます。最新の調査結果や事例から、それぞれの課題を明らかにします。
1. 資金面の障壁: 脱炭素化には省エネ設備の導入や更新投資が必要になることが多く、町工場にとって資金負担が大きなハードルです。日本商工会議所の調査では、政府・自治体に求める支援策として最も多かった回答が「省エネ設備・再エネ導入等に対する資金面での支援」(71.3%)でした。これは多くの中小企業が、資金不足ゆえにやりたい対策を実行できていない現状を反映しています。また別の質問で「取り組むための資金が不足している」を障壁に挙げた企業は26.2%に上りました。設備投資に対して補助金制度もありますが、初期費用の高さや投資回収までの期間への不安から二の足を踏む経営者も少なくありません。特に中小企業はキャッシュフローに余裕がなく、新設備導入による生産停止リスクなども考慮すると、短期的利益につながらない投資は敬遠されがちです。実際、「脱炭素に取り組むメリット・意義を感じられない」という声や、「他のコスト削減策(人件費削減など)で吸収しきれない」との不安も一部にあります。資金面の障壁には、この投資に見合う効果への不透明感も含まれます。裏を返せば、効果が明確であれば投資も進むはずであり、後述する情報提供や支援策で投資効果を見える化することが重要です。
2. 技術・人材面の障壁: 町工場では脱炭素の専門知識を持つ人材の不足が深刻です。調査によれば、「取り組むためのマンパワー・ノウハウが不足している」と答えた中小企業は56.5%にも達し、半数以上が人手・知識不足を課題としています。特に小規模事業者ほど、「何をどうすればいいか分からない」「排出量の具体的な算定方法が分からない」(33.1%)、「何が排出量の対象になるのか分からない」(24.1%)といった技術的知見の欠如を挙げる割合が高くなっています。多くの町工場では環境管理専門の部署や担当者はおらず、社長や工場長が本業と兼任でエネルギー管理を見ているケースが多いです。その結果、最新の省エネ技術情報や補助金制度の知識が社内になく、「専門用語が多く理解できない」と戸惑う声もあります。
また人材面では、「省エネ・環境対策に割く人手がいない」問題も顕著です。慢性的な人手不足の中小企業では、生産や営業で手一杯で、追加の業務(エネルギーデータ計測や改善策の検討)に人員を割けない現実があります。こうした内部リソース不足は、たとえ省エネ投資の資金があっても有効な活用を阻みます。実際、省エネ診断や環境マネジメントシステムの導入にはかなりの手間がかかるため、小規模企業ほど手付かずになりがちです。この人的リソースと専門知識の不足が、中小企業の脱炭素化最大のボトルネックと指摘されています。欧州においてもSME(中小企業)の課題は「情報へのアクセスと資金」であると報告されており、日本の町工場も例外ではありません。
3. 制度・情報面の障壁: 脱炭素支援策そのものがあっても、情報が届かない、手続きが煩雑といった制度面の課題もあります。前述の調査でも、町工場が脱炭素化に取り組む際の相談先は「設備機器メーカー」が25.0%で最多、「電力・ガス会社」が20.1%、次いで「仕入先・受注先・納入先」が14.8%と、民間の取引関係先に偏っている実態が浮かびました。一方で「商工会議所」に相談する例は5.5%、「民間コンサル」は5.1%に留まり、「相談しない(自社だけでは対応困難)」が20.9%もありました。このことは、中小企業が公的支援策や専門家のアドバイスに十分アクセスできていない現状を示しています。設備メーカー等からの情報提供はあるものの、自社に最適な総合対策の提案を得る機会は限られているといえます。
また、補助金制度の利用にも制度上のハードルがあります。例えば多くの省エネ補助金では「前年よりエネルギー消費原単位を改善すること」が条件となりますが、既に長年省エネに努めてきた企業では改善幅を出せず応募できないといった指摘があります。このように制度設計が現場実態と合わないケースもあります。さらに、補助金の申請手続きが煩雑で専門知識が要ることも、中小企業には負担です。書類作成や測定・証明の手間を嫌って制度利用を断念する例も聞かれます。「簡素で迅速な手続きで本当に必要な情報のみ提出すればよい制度が望まれる」と欧州でも提言されていますが、日本でも同様の課題認識が広がりつつあります。
制度面では他にも、現行法規が中小企業をカバーしていない問題もあります。例えば温対法(地球温暖化対策推進法)のGHG算定・報告・公表制度は年間エネルギー使用量1,500kL(原油換算)以上の事業者に報告義務がありますが、この規模要件では多くの町工場は対象外です。その結果、小規模事業者は法的な報告義務もなく、自社排出量を報告・開示する機会がありません。現行制度上は中小企業の脱炭素化は主に自主努力と支援策頼みであり、規制面でのカバーが弱いとも言えます。
4. 取引先からの要求と市場競争: さらに昨今では、大企業がサプライチェーンの排出削減目標を掲げ、取引先である町工場にも協力を求めるケースが増えています。調査でも「取引先から温室効果ガス排出量の測定等の要請を受けた」企業が25.7%と4社に1社にのぼりました。これはサプライチェーンからの圧力とも言え、町工場にとって新たな対応負荷となります。大企業から「排出量を報告せよ」「削減計画を出せ」と要求されても、前述の通り算定ノウハウが不足していれば対応は困難です。取引継続のため渋々対応しつつも、大企業側から十分な支援がない場合、中小側にフラストレーションが溜まる恐れがあります。一方で、こうしたプレッシャーは町工場が脱炭素に腰を上げる契機にもなりえます。実際、輸送用機器(自動車など)産業では「外部からの要請」が脱炭素化着手の動機になる割合が40.2%と全業種平均(18.0%)より高いという調査結果があります。トヨタなど大手メーカーが取引先にCO2削減を求めている例などが想定され、業種によってはトップダウンの要請が町工場の行動を後押しする面もあります。ただし市場競争上は、コスト増要因となる脱炭素投資を行った企業が不利にならないよう、大企業側のコスト支援や、環境配慮を評価する取引慣行の醸成が必要です。
以上、町工場の脱炭素化に立ちはだかる壁を整理すると、「お金がない」「人がいない・分からない」「制度が使いにくい」の三重苦とも言える状況です。このままでは自発的な取組には限界があり、政策的な後押しが不可欠です。次章では、そうした政策手段の中でもカーボンプライシング(炭素に価格付けをして誘導する政策)と排出量の見える化制度に焦点を当て、それらが町工場に与える影響と活用可能性を考察します。
カーボンプライシングと排出量「見える化」制度の役割
政府の政策ツールとして、**カーボンプライシング(炭素に経済的価値を与える仕組み)**と、**排出量の見える化制度(排出量の測定・報告・公表制度)**は町工場の脱炭素行動を促す可能性があります。それぞれの現状と町工場への影響、活用方法を分析します。
1. カーボンプライシングの影響と可能性: カーボンプライシングには炭素税や排出権取引(ETS)などの手法がありますが、日本では現在、地球温暖化対策税(炭素含有燃料への課税、実質1トンCO2当たり289円程度)という軽微な炭素税と、2022年からの試行的なGXリーグ(自主的排出取引)があるのみで、本格的な価格付けは限定的です。しかし今後カーボンプライシングが強化されれば、町工場にも間接的・直接的な影響が及ぶと予想されます。例えば燃料や電力価格への炭素コスト上乗せにより、エネルギー多消費の企業ほど経営に打撃となる可能性があります。その反面、炭素に価格が付くことで省エネや再エネ投資の採算性が向上し、脱炭素投資の合理性が高まるという誘因効果もあります。
政府は2023年のGX推進法の下、2026年度から本格的な排出量取引制度を導入する予定です。これは年間CO2排出量10万トン以上の企業(約300~400社見込み)を対象に、各社に排出枠の償却を義務付けるものです。削減基準は業種毎のベンチマークで決められ、過度な負担を避ける調整も検討されています。この制度が始まれば、日本で初めて法的に炭素価格が付与される市場が生まれることになります。ただし対象は大手企業に限られ、大半の町工場は直接の義務対象外です。それでも電力会社や原材料メーカーなど上流の大手がコストを負担することで、電力・材料価格の上昇という形で間接影響が及ぶでしょう。
一方、町工場自身がカーボンプライシングに参加・活用する道もあります。例えば、現在のGXリーグや将来の排出取引市場に自主参加し、自社の排出枠を売買することです。実際、GXリーグには中堅中小企業も一部参画しており、日本全体の排出量の4割以上を占める企業群が排出取引に取り組んでいます。町工場が大きな削減を行えば排出枠を余らせて売却益を得る、逆に削減困難なら市場からクレジットを買ってカバーするといった市場メカニズムの活用が考えられます。ただし現時点で中小企業が取引に精通するのは難しく、実務上は商社やクレジット仲介事業者の支援が必要でしょう。
炭素税については、日本では現在ごく低率の温暖化対策税のみですが、欧州などでは1トン当たり数十ドル以上の炭素税がかかっており、エネルギー価格に織り込まれています。仮に日本で炭素税を引き上げる場合、税収を中小企業の脱炭素投資支援に充当する「環境税リサイクル」が重要となります。例えば英国では炭素税収の一部を企業の省エネ助成に回した事例があり、ドイツでも排出量取引収入を産業の低炭素技術補助に使っています。日本でも同様に、炭素税・排出取引収入を財源として「中小企業脱炭素化ファンド」を創設し、補助金・融資を拡充することが提案されています。カーボンプライシングは適切に設計すれば「汚染者負担原則」に基づく公平なコスト負担と、得られた財源で弱者(中小企業)支援を両立し得る政策です。町工場に過度な負担とならないよう配慮しつつ、炭素価格シグナルを経営判断に織り込ませることが、脱炭素経営への転換を促すでしょう。
2. 排出量の見える化制度: **「見える化」とは、自社のGHG排出量を算定し見える形にする取り組みで、脱炭素の第一歩です。日本では先述のように大規模事業者には算定・報告・公表制度が義務付けられており、毎年環境省から各社の排出量が公表されています。しかし町工場の多くはこの義務対象外で、自主的に取り組まない限り排出量がブラックボックスになっています。見える化制度の拡充は、町工場に「自社の排出に責任を持つ」**意識を醸成し、削減行動に繋げる効果が期待されます。
具体的な活用策としては、まず中小企業向けの排出量算定ツールや支援サービスの提供があります。現在、民間でもAsuene社やIdemitsu社などが簡便な見える化サービス(請求書データから自動算定するクラウドサービス等)を展開しており、専門知識がなくても自社のCO2排出量を算出できる環境が整いつつあります。地方自治体でも、大阪府などが中小企業向けにWeb上でエネルギー使用量を入力すると自動で排出量レポートを作成できる仕組みを提供しています。国レベルでは日本商工会議所が「CO2見える化サポート(見えサポ)」という無料ツールを2024年に開発し、中小企業の排出量算定を支援しています。これらを活用して全ての町工場が少なくともScope1・2の排出量を毎年把握・報告するよう促すことが重要です。
見える化が進めば、ベンチマークやピア比較も可能になります。例えば業種・業態が近い他社と自社のエネルギー効率を比較し、自社の改善余地を発見するといったことです。ドイツではエネルギー効率チャートを産業団体経由で共有し、中小企業が自主的に競い合う取組もあります。また、自社で把握した排出量を社外に公表・PRすることも見える化のメリットです。環境に配慮するBtoB取引先や消費者に対して、「当社は排出量○%削減達成」と示せれば企業イメージ向上につながります。実際、日本でもエコアクション21認証や中小企業版SBT認定を取得し、環境経営を積極アピールする町工場も現れています。今後、脱炭素に熱心な中小企業ほど市場で評価され、人材採用や金融調達でも有利になる可能性があります。
制度的には、将来的に中堅企業への排出量報告義務の拡大も検討に値します。例えば従業員300人以上またはエネルギー使用量○kL以上の事業者には毎年GHG排出量を報告させ、公表はしなくとも監督官庁が把握する、といった仕組みです。欧州連合ではサプライチェーン全体での情報開示を進める方向で、2024年以降は大企業にScope3(バリューチェーン排出)の開示義務が段階的に科されます。結果としてEUの大企業と取引する日本の町工場も、自社排出データを提供しなければならなくなります。このような国際的潮流に備え、国内でも**「見える化=事業者の責務」**との共通認識を醸成し、情報インフラを整えることが急務です。
見える化はまた、政策効果の検証基盤にもなります。どの業界の中小企業がどれだけ削減できたか、どの補助策が有効だったかをデータで把握できれば、より効果的な政策立案が可能です。現在、国内中小企業の排出データは断片的で統計上の精度も高くありません。見える化制度を通じてデータを集積・分析することは、国全体の脱炭素戦略上も意義があります。
以上、カーボンプライシングと見える化制度は、「価格面からの動機付け」と「情報面からの基盤整備」という異なる角度で町工場のGXを促進し得ます。前者はインセンティブとペナルティで行動変容を促し、後者は主体的な取組を可能にする条件整備と言えます。両者を組み合わせ、適切に設計することで、中小企業セクター全体の脱炭素化を底上げしていくことが重要です。次章では、地域レベルでの脱炭素化(地域脱炭素)における町工場の位置づけと役割について考察します。
地域脱炭素における町工場の位置づけ
日本各地の自治体も2050年二酸化炭素排出実質ゼロを目指し、地域脱炭素の取り組みを加速させています。2023年10月時点で1,078もの自治体(全自治体の6割超)が「ゼロカーボンシティ」を宣言し、727団体が地域脱炭素実行計画を策定済みです。こうした地域レベルの気候変動対策において、地域経済を支える町工場の脱炭素は重要な要素となります。
まず、自治体は地域内排出の把握・削減に責任を持つ立場から、地元中小企業への働きかけや支援策を展開しています。都道府県や政令市には地球温暖化防止活動推進センター等の組織があり、中小事業者向けの省エネ診断や相談窓口を設置しています。例えば埼玉県や福岡県では、県の温暖化防止センターが中心となって地域の中小企業にエネルギー診断を実施し、省エネ対策の提案や補助金情報の提供を行っています。山口県では、「CO2排出量算定支援・脱炭素化コンサルティング支援」や「炭素生産性向上型補助金」といった独自施策を設け、県内中小企業の脱炭素経営を後押ししています。このように自治体レベルで国の施策を補完・拡充する支援が各地で展開されており、町工場にとって身近な支援窓口となっています。
また政府は、**「脱炭素先行地域」**制度を創設し、意欲ある地域で集中的な脱炭素事業を支援しています。2030年度までに少なくとも100か所の脱炭素先行地域を作る目標が掲げられ、2022年度から全国で選定が始まりました。この枠組みでは、地域の自治体・企業・住民が協働して再エネ導入や省エネ改修、EV導入等のプロジェクトをまとめて実施する場合に、国が地域脱炭素推進交付金を交付します。予算規模も大きく、2024年度当初予算で425.2億円、2023年度補正で135億円が計上されました。町工場が多く集積する工業団地や商店街などを舞台に、地域ぐるみで脱炭素インフラを整備するチャンスといえます。例えばある先行地域では、工業団地内に太陽光発電と蓄電池を設置して企業間で電力融通し、非常時のレジリエンス向上と平時のCO2削減を両立させる試みがなされています。別の地域では、中小企業の工場・オフィスの断熱改修や高効率設備更新に対し自治体補助を上乗せし、一斉に省エネ化を進めています。こうしたモデルケースが全国へ横展開されれば、町工場単独では困難な取り組みも地域単位で実現しやすくなります。
地域脱炭素の文脈では、町工場は地域のエネルギー需給システムの一部として考えられます。地域内で再エネ電力や未利用エネルギー(廃熱・バイオマス等)を創出し、それを地元企業が消費する「地産地消エネルギー」の推進は、地域経済循環を強め雇用も生みます。例えば木材加工業の多い地域で製材廃材をペレット燃料化し、近隣の食品工場ボイラーに供給するといった連携が考えられます。また、ある町工場で出る未利用熱(例えば焼入れ工程の廃熱)をパイプラインで隣接工場に供給し、双方の燃料使用を減らす試みも海外ではあります。日本でも群馬県桐生市などで中小企業どうしが廃熱融通する事例が報告されています。自治体がコーディネーターとなり、地域内の「出せるエネルギー」と「欲しいエネルギー」をマッチングすることは町工場の省エネに繋がり、地域全体の脱炭素に貢献します。
さらに、地域金融機関や商工団体の役割も重要です。地方銀行・信用金庫は地元企業の事業状況をよく把握しており、近年は融資を通じた脱炭素支援に乗り出す例が増えています。たとえば東京都のきらぼし銀行は環境課題解決を後押しする融資商品を提供し、中小事業者の脱炭素化に中長期で伴走支援する取組を始めました。また岐阜県の十六銀行や岐阜信用金庫は、取引先企業に削減目標設定を働きかけ、目標達成まで定期的にフォローするサービスを展開しています。商工会議所も各地で「脱炭素経営塾」や個別相談会を開催し、専門家(エネルギー管理士など)を派遣して省エネ診断する「省エネお助け隊」事業を行っています。浜松商工会議所では診断後の改善策実行まで継続して支援し、会員企業のCO2削減を実現した例があります。このように地域の支援機関がネットワークを組み、町工場を見守り伴走する体制が各地で模索されています。地域脱炭素とは単に再エネ設備を入れるだけでなく、こうしたソフト面での支援体制づくりも含む総合的な取り組みです。
総じて、町工場の脱炭素化は地域コミュニティ内の他者(自治体、金融機関、商工団体、他企業)との協働によって進めるのが効果的であり、それが地域脱炭素の推進力にもなります。地域ぐるみで成功したモデルは全国へ展開可能であり、政府もそれを後押ししています。次章では、海外の制度や事例と比較しつつ、上述の分析を踏まえて日本政府への政策提言を取りまとめます。
海外の中小企業脱炭素支援策との比較 (International Comparison)
町工場の脱炭素促進策について示唆を得るため、欧州や米国など海外の中小企業支援策と日本の状況を比較します。先進各国でも、中小企業(SMEs)のエネルギー転換は気候目標達成の鍵と位置づけられており、様々な取り組みが展開されています。
欧州連合(EU): EUでは大企業のみならずSMEも含めた包括的なグリーン移 transition戦略を採っています。例えばエネルギー効率指令(EED)では一定規模以上の企業にエネルギー監査(エネルギーオーディット)を義務付けています(従業員250人超または売上5000万ユーロ超の企業が対象で、中堅企業も含む)。中小企業には義務はありませんが、各国政府は自主的監査への補助や支援を実施しています。またEUは「SME向けグリーンアクションプラン」を策定し、加盟国が融資・助成・技術支援を強化する方針を示しました。SMEunited(欧州中小企業同盟)の2024年報告では、欧州のSMEもエネルギー価格高騰などから排出削減に関心を高めているが、「情報へのアクセス不足」と「資金不足」が主要障壁と指摘されています。このため欧州各国ではワンストップの情報提供窓口、簡素で迅速な補助申請手続き、専門家派遣による個別相談などを充実させています。特にドイツは国営開発銀行KfWを通じた低利融資制度が充実しており、中小企業向け省エネ投資ローンでは小規模企業ほど利率優遇する仕組みを設けています。例えばKfW環境保護プログラムでは、小企業に対し「特に有利な金利」を提供し、返済猶予や元本一部免除(一定の環境改善達成時)などのインセンティブも付与しています。このように欧州では融資+補助のハイブリッド支援で中小のグリーン投資を引き出している点が特徴です。また欧州委員会は2023年に中小企業支援策の規則を簡素化し、補助金の即時控除や手続き簡略化を図ると発表しました。総じて欧州は政策的後押しが手厚い反面、カーボンプライシング(EU-ETSによる電気・燃料価格への転嫁)で中小企業も常に高いエネルギーコスト圧に晒されており、それが省エネの強力な動機付けとなっています。もっともEU-ETS自体は大企業向けで中小は直接義務を負いませんが、2027年からは建物・運輸の排出取引(通称ETS2)が始まり、中小企業のオフィスや商用車燃料にも炭素価格が及ぶ見通しです。EUの大企業にScope3開示義務が生じるCSRD(企業サステナビリティ報告指令)も、中小企業への波及圧力となるでしょう。このように欧州では規制と支援の両面からSMEの脱炭素を誘導しており、日本の町工場政策も参考にできる点が多いです。
米国: 米国は連邦レベルでの炭素価格は導入していませんが、中小製造業支援の実務的なプログラムが充実しています。その代表例がエネルギー省(DOE)の「産業評価センター (Industrial Assessment Centers, IAC)」です。1976年から続くこのプログラムでは、大学に設置したセンターの専門チームが全米の中小製造業(年間エネルギー支出10万~350万ドル程度のメーカー)を対象に無料の省エネ診断を提供しています。IACは2023年現在32の大学拠点で展開され、40年以上で22,000件以上の工場診断を実施し、16万件以上の省エネ改善提言を行いました。1件当たり平均で14.2万ドル(約2,000万円)の年間コスト削減提案を行い、受診企業は平均$44,000/年の省エネを実現しています。IACの特徴は省エネだけでなく、低コストの安全改善や生産性向上提案も含め包括的に診断し、中小企業の競争力強化につなげている点です。さらに学生エンジニアの実地研修も兼ねており、人材育成と企業支援を両立しています。IACは小規模予算(年間約900万ドル)で大きな省エネ成果を上げ、投資対効果が高いプログラムとして評価されています。日本にも類似の「エネルギー診断」制度はありますが、IACほど体系的かつ継続的ではないため、人的資源も活用したこのモデルは示唆に富みます。米国では他にもエネルギースター中小企業プログラムや地域の製造延伸パートナーシップ(MEP)による環境技術支援などがありますが、いずれも自主的取組の支援が中心で規制は強くないのが特徴です。ただ、インフレ抑制法(IRA, 2022)では中小企業が利用できるクリーン技術税控除(例:エネルギー効率向上やEV充電設備設置の税額控除)が創設され、経済的誘因を与えています。また民間主導でSME気候ハブ(UNが後援するネットゼロコミット支援プログラム)に多くの企業が参加するなど、自主的な動きも出てきました。総じて米国は市場原理を重視しつつ、無料診断や税制優遇などピンポイント支援で中小企業を後押しするアプローチと言えます。
その他の国: ドイツやフランスでは、前述の融資制度に加えエネルギー監査費用の補助(ドイツでは中小向けにエネルギー監査費用の80%補助)や、ESCO事業の推進(専門業者が省エネ設備を導入し省エネ成果から報酬を得る仕組み)により、中小が初期費用ゼロで設備更新できる環境を整えています。イギリスでは**気候変動協定(CCA)**という制度で、中小を含む工場が効率目標を達成すれば気候変動税の大幅減免を受けられる仕組みを導入し、インセンティブを与えています。中国でも、中小のエネルギー浪費工場に対する淘汰策(一定基準未達の小規模ボイラーや炉を強制廃止)や、省エネ改造に対する補助金を組み合わせて、産業部門の効率改善を進めています。各国ともアプローチは異なりますが、中小企業セクター全体の底上げを図る点では一致しており、日本もこうした国際的な知見を活かせるでしょう。
海外事例から学べるポイントとしては、(a) 情報提供・技術支援の重要性(欧州の簡素な手続きや米IACの無料診断)、(b) 資金アクセス改善(低利融資や税控除で投資ハードルを下げる)、(c) 規制と誘因のバランス(義務化すべきは義務化し、努力にはメリット付与)などが挙げられます。特に欧州のようにカーボンプライシングを背景とした強い誘導策と、日本や米国のように支援中心の策との組み合わせは、日本の町工場政策検討にも役立つ視点です。
以上の比較を踏まえ、次章では日本の町工場のGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するための具体的な政策提言を行います。
政策提言:町工場のGX推進に向けた制度設計と支援策
以上の分析を踏まえ、日本政府および関係機関に対し、町工場の脱炭素化(GX)を加速させるための政策提言を以下に取りまとめます。資金面・技術面・制度面の障壁を取り除き、町工場が脱炭素を経営の一部として持続的に推進できる枠組みを設計することが狙いです。
1. 脱炭素支援ワンストップ窓口と専門家派遣の全国展開: 町工場が気軽に相談・支援を受けられるワンストップ窓口を全国に整備することを提案します。具体的には、既存の商工会議所や中小企業支援センター等に「GX相談窓口」を設置し、エネルギー・環境の専門人材(エネルギー管理士、環境カウンセラーなど)を配置します。これにより、町工場は省エネ診断、補助金情報、カーボンフットプリント算定支援などを一括して受けられます。また、米国IACにならい専門家チームの現地派遣診断を大幅に拡充します。国のエネルギー使用合理化事業等で行われている専門家派遣(現在は短時間の助言が多い)を見直し、1~2日かけて工場の徹底診断を行い、具体的な改善提案書と経済効果試算を提供するサービスを制度化します。これは現在一部自治体で実施の「省エネお助け隊」事業を全国規模・全業種に広げるイメージです。専門家派遣費用は公費負担とし(企業は無料)、実施箇所数を飛躍的に増やします。欧州でも「エネルギーオーディット義務化+費用補助」という形で同様の取り組みが効果を上げており、日本版IAC制度として位置付けることが望ましいです。これにより、ノウハウ不足という最大の障壁を直接埋めることができます。診断後は商工会議所等の窓口担当が定期フォローし、提案実施や効果検証まで伴走支援する仕組みを整えます。
2. 資金面の抜本的支援(補助金・低利融資・税制): 資金不足の障壁に対応するため、町工場向けの脱炭素投資支援策を大胆に拡充します。まず補助金については、現在各省庁で存在する省エネ補助金(経産省の省エネ促進事業費補助金、環境省のCO2削減補助金等)を統合・拡充し、「中小企業GX補助金(仮称)」を創設します。補助率も中小企業には優遇し、例えば設備費用の1/2~2/3補助(現行は1/3程度が多い)を検討します。特に炭素削減効果が大きい電化・燃料転換・大規模省エネプロジェクトには加算措置を設けます。さらに、補助申請手続きの簡素化を図り、小規模事業者でも専門家なしで申請書が作れるよう様式や要件を平易化します。実績要件も、「既に省エネ努力を続けてきた企業が不利にならない」よう、絶対削減量や設備効率改善を基準に緩和検討します。
次に融資・金融支援では、政府系金融機関(日本政策金融公庫や商工中金)において脱炭素投資促進ローンを大幅に拡充します。具体的にはドイツKfWのように、小規模企業ほど低利率となるメニューを設定し、長期借入の元利負担を軽減します。設備導入によるCO2削減量に応じて返済猶予や元本償還減免(グリーンボーナス)を付与する創意も考えられます。また民間金融機関のグリーンローン商品に対し、政府が信用保証や利子補給を行って利用を促します。こうした金融支援により、町工場が将来の省エネで生まれるコスト削減分を当てに先行投資できる環境を整えます。
税制面でも、グリーン投資減税の拡充が有効です。現行の「カーボンニュートラル促進税制」では特定省エネ設備の即時償却や税額控除(10%)が認められていますが、中小企業への周知や使い勝手を高める余地があります。適用要件の緩和や対象設備範囲の拡大(例えば中古設備の省エネ改造も対象化)などを検討します。さらに思い切った策として、中小企業が一定期間(例えば2030年まで)に自社排出を◯%削減した場合の法人税減免制度など、成果連動型の税優遇も提案します。英国のCCA制度のように、目標達成企業にはエネルギー税を減免する仕組みも選択肢です。税制優遇は企業にとってインセンティブが直接的に伝わりやすく、目標意識を醸成する効果があります。
3. カーボンプライシングの中小企業配慮と活用: 先に述べたように、炭素税・排出取引収入の中小企業向けリサイクルを明確に制度化します。例えば2030年までに炭素税を段階的に引き上げる代わりに、その増収分を原資として「中小企業GX基金」を設置し、上記補助金や専門家派遣の財源とします。EU諸国の事例にならい、エネルギーコスト上昇で損なわれる競争力を補填する措置として位置付けます。加えて、炭素価格が浸透するにつれ、町工場自身がクレジット市場を活用しやすい制度整備も必要です。具体的には、J-クレジットの生成手続き簡素化(小規模プロジェクト用の定型化手続き導入)、町工場が共同でプロジェクト登録できるスキーム(例えば商工会議所が取りまとめて地域の複数企業の削減を束ねる)等を検討します。さらにサプライチェーンでカーボンフットプリントを低減した場合に大企業からインセンティブを支払う仕組み(自主的なカーボンプライシングの下請転嫁)を奨励します。これは既に一部で、大手が下請企業の省エネ投資に補助を出す事例があり、そうした取り組みを促進するため政府がモデルガイドラインを示すことも有益です。
4. 排出量見える化と開示促進: 中小企業版「見える化」義務化の検討を提言します。まず直ちに義務化とはいかなくとも、**取引の透明性確保の観点から「中小企業も可能な限り排出量を把握・開示する努力義務がある」**ことを基本計画等に明記します。その上で、将来的に従業員50名超あるいは年商◯億以上の企業には毎年のGHG排出量報告を求める法制度を検討します。報告負担を軽減するため、オンライン報告ツール(前述の見えサポ等)と連携し、エネルギー使用データを入れるだけで自動計算・報告できる仕組みを整備します。また報告した中小企業には先述の税優遇などメリットを与えることで、自主的報告を促します。さらに、大企業に対してサプライヤーの排出情報収集を促す規制(例えば温対法報告に主要サプライヤーのScope3情報添付を求める等)を段階的に導入し、トップダウンでも見える化を進めます。こうした環境を作ることで、2030年頃までに主要な町工場の大半が自社のGHG排出量を把握・管理している状態を目指します。
5. 大企業と町工場の連携支援: サプライチェーン全体のGX推進のため、大企業-中小企業連携プログラムを創設します。具体策として、大企業が自社の協力工場群に対し一括で省エネ診断・研修を提供したり、共同で設備導入(例えば一括購入でコストダウン)を行ったりする取り組みに補助金を出します。これにより、町工場単独では得られない規模のメリットや技術知見を共有できます。さらに、業種別に中小企業の脱炭素化ロードマップを官民で策定し、必要な技術開発やコスト試算を提示します。例えば鍍金業界や鋳物業界など、それぞれの業界団体と政府が協力し、将来使用すべき無電解めっき液や電気炉技術などを示し、それに移行する際の政府支援策をあらかじめ用意します。これは欧州委員会が産業ごとの脱炭素技術ロードマップを描いているのに倣ったものです。
6. GX人材の育成と確保: 町工場のGXを支える人材育成策も不可欠です。専門家派遣だけでなく、企業内に知見を持つ人を育てる視点が重要です。具体的には、中小企業の設備担当者や若手社員を対象にした「エネルギー管理講習」「脱炭素経営セミナー」を全国で開催し、受講しやすいようオンライン併用や夜間コースを設けます。受講者には簡易な試験で資格(中小エネルギー管理アドバイザー等)を与え、社内でGX推進役になってもらう仕組みです。また理工系大学や高専と連携し、学生による町工場の省エネ診断インターンシップを実施します。これは前述の米国IACの学生参加モデルを参考に、若手に実践機会を与えつつ企業側も無料で提案を得られるWin-Winです。併せて、地域のシニアOB人材(元エネルギー管理士等)の活用も推進し、「GXシニアマイスター」が複数の町工場を巡回指導する制度も考えられます。
7. 地域脱炭素プロジェクトへの町工場参画支援: 脱炭素先行地域など地域プロジェクトに町工場が積極参加できるよう、情報共有と調整役を強化します。自治体が計画を立てる際、地元商工会等を通じて町工場のニーズやアイデアを吸い上げ、プロジェクトメニューに反映させます。例えば「◯◯工業団地で共同太陽光発電」「◇◇市のメッキ工場で共同廃液リサイクルによる省エネ」等、企業横断の取り組みを採用し、補助対象にします。また地域金融機関も参画させ、地元企業への融資斡旋をセットで行うなどオール地域でのGX推進体制を構築します。政府交付金の要件にも中小企業の参加件数などを評価指標に加え、地域事業から取り残されることがないようにします。
以上の提言は、町工場のGXを単なる環境対応ではなく競争力強化と地域活性化のチャンスとして位置づけるものです。国の制度設計次第で、町工場はコスト増や負担増ではなく、エネルギーコスト低減・新技術導入による生産性向上・取引先からの評価向上といった恩恵を受けられるようになります。実際、脱炭素に取り組むことは中長期的に見ると(1)エネルギーコスト削減による競争力向上、(2)環境価値の付加による製品差別化、(3)将来の規制リスク低減、(4)ESG対応企業としての信用力向上等、様々なメリットがあります。提言した制度的枠組みや支援策によって、町工場がそれらメリットを享受しつつ自律的にGXを進められるエコシステムを構築することが重要です。
結論
日本の町工場における脱炭素化は、気候目標達成のみならず産業競争力維持や地域経済の持続性にも直結する課題です。本レポートでは、町工場の排出構造はエネルギー起源CO2が中心であること、その排出は日本全体の1~2割に及ぶことを明らかにしました。しかし多くの町工場で排出量の把握すら十分でなく、人材・資金・情報の不足がボトルネックとなっています。こうした障壁を乗り越えるには、政府による包括的な支援策と制度設計が不可欠です。カーボンプライシングや見える化制度を上手く組み合わせ、**「測る→減らす→報いる」**の好循環を生み出す政策パッケージが求められます。海外の先行事例も参考に、日本版GX支援体制を構築することで、町工場がGXの主役として躍動する未来を切り開くことができるでしょう。町工場発の技術革新やエネルギー転換が日本全体のグリーントランスフォーメーションを力強く支えることを期待し、本提言を締めくくります。
参考文献・出典:
- 日本商工会議所・東京商工会議所「中小企業の省エネ・脱炭素に関する実態調査」(2024年)jcci.or.jpenv.go.jpenv.go.jp他.
- 中小企業庁「2023年版 小規模企業白書」第2節 カーボンニュートラルchusho.meti.go.jp.
- 経済産業省「GXリーグ基本構想」および関連報道ene.or.jp.
- 環境省「地域脱炭素の取組の現状と課題」(2024年5月)env.go.jpenv.go.jp他.
- 経済産業省・東京商工会議所「中小企業の脱炭素推進に向けた現状と課題」(2024年7月資料)meti.go.jp.
- 環境エネルギー事業協会コラム「中小企業も脱炭素必要?」(2024年)ene.or.jp.
- SMEunited “Best practices for SMEs in the energy transition” (2024)smeunited.eusmeunited.eu.
- ACEEE Fact Sheet “Savings from Industrial Assessment Centers” (2018)aceee.orgaceee.org.
- KfW “Energy efficiency and environment programmes” (web)kfw.dekfw.de.
- J-Net21「支援機関によるカーボンニュートラル支援事例」(2024年)j-net21.smrj.go.jpj-net21.smrj.go.jp.
- その他、環境省・経産省資料、各種ニュースリリースasuene.combiznex.tohogas.co.jp等.